「嫌だピョン」
「えー!深津さん! そこをなんとか!!」
「無理だピョン。話したことないピョン」
「もう深津さんしかいないんですってばぁ」
いないんんですってばぁと言われても。
深津は困った。アメリカで勇ましく戦う後輩が、長年片思いを拗らせているのは知っている。折に触れて恋しい人の話を聞きたがるので、毎度鬱陶しく思っていたところだ。
「深津さん!お願い! 一生のお願いっす!」
「……男に二言はないピョン?」
「へっ!? あ、ないっす!ほんとに」
「一生のお願いを使うってことは今後俺がアメリカに行きたくなったら旅費が沢北が負担するってことピョン」
「えっ」
「嫌なら別にいいピョン」
「いや分かりました! いいです、それでお願いします!」
「交渉成立だピョン」
深津は一言なんとかするとだけ言って、電話を切った。国際電話は通話料もバカにならないと、この数年で身をもって知っている。どこかの泣き虫で面倒で、それでも見捨てられない馬鹿な後輩のせいで。
[マジで信じてますからね!]
沢北からメールが一通。深津は面倒なので返信はせずに、電話帳から懐かしいのか聞き慣れているのか分からない名前を引っ張り出す。
大した策があるわけでもなかったが、それでもなんとかなるのが深津という男である。男は静かに任務を遂行した。相手に全く気取らせない鮮やかな手腕だった。
「……あの感じ、片思いじゃないピョン」
肝心の彼女と直接話し、バスケットボールで鍛えた勘でそう確信する。
深津はちょっとむかついた。深津には今、恋人がいなかったので。
しかし、まあいいだろう。沢北が帰国して数日経てばまたしつこく電話してくるはずだ。今度は声を弾ませて「聞いてくださいよ」とか言いながら、聞いてもない話をベラベラするに違いない。それはきっと良い報告で、深津は真顔で「俺のおかげピョン」と言うことになる。
バスケットを愛し愛された男が、一時日本に戻ると決めた。
それが勇気ある決断だと同じ道を志す男は知っている。だからその英断への祝福として、ちょっと力を貸してやるのだ。ちゃっかりアメリカへのフリーパスポートも手に入れたし。
いつか、沢北は再びあの国へと帰るだろう。更なる高みを追い求めて、そこに向かっていくだろう。深津はそれを素直な気持ちで応援している。
その時、男の隣に彼が愛した女がいればいい。ただ、今はそう願う。
「……キューピッドも楽じゃないピョン」
あれからそれから今世から
♪「Water Lily」LAMP IN TERREN