パウリーはヒモだった。

私がそう言えば、大抵の人は口を大きく開けて笑った。そして終いには必ず、いいや奴は縄だろうと言うのだ。もう聞き飽きた。私の言うヒモは物を縛るための紐じゃあない。確かにそれを言ったら、どんな腕っ節の強い海賊もロープアクションで一網打尽にしてしまう彼の印象は縄だろう。でも違う、私の言うヒモは金銭面で女に寄生するダメな男を総称した方のヒモである。又、それを言えばこの島に来たばかりの新入りなら驚いて目を丸くする。カッコイイ副社長がまさかそんな訳ないですよね!?と涙目で肩を掴まれたって困る。私は事実を述べたまでのことだ。それ以外のある程度この島に住んでいる人はみんな、まあそうだろうと納得して苦笑いをするのだ。もう見飽きた。

 パウリーと出会ったのはウォーターセブンにガレーラが出来て3年が経った時の事だ。つまり今から7年ほど前になる。私がガレーラに就職したのと同じ年にパウリーも船大工としてガレーラに入った。所謂同期入社と言う奴である。パウリーは海列車を見て心底感動したのだと言っていた。その時の彼の瞳は希望と尊敬に満ち満ちていて、まさに将来有望な若者のそれだった。夢も希望もなかった私にはそれが眩しくて、只漠然と羨ましいなと思ったのを今でも鮮明に覚えている。パウリーに惚れたのはその時かと社長にニヤニヤしながら聞かれたら別に否定はしない。いつからとどこでとか、あまり覚えていないし、私は元々そういう事を気にする質じゃないのだ。

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 パウリーは私の家に来ることが多かった。仕事のあと、飲んだあと、休日のランチタイム、仕事で失敗したとき、――そのタイミングはバラバラだったけれど結局のところ彼はお金が足りなくなった時とお腹が空いた時に私の家にやってきていた。飯あるかとか、金貸してくれとか、今思えば私を都合のいい女とでも思っていたのか知らないけれど、当時の私は頼られているようで嬉しかった。彼が困っているなら助けたいし、ありがとうと言われればそれで何でも良い気がしていた。だって彼は私にとってある種、憧れの対象のようなものだったから。まあ私も若かったのだ。パウリーの方はいまとそんなに変わらない。職人としては一流の腕があって、それなりに給料も貰っていたけれど休みの日はギャンブル三昧。借金取りに追いかけられるのは最早ウォーターセブン名物と言っていい。

私の貸したお金はそう時間を空けずに返してくれたけれど、またそう時間を空けずに金を貸してくれと頼んできたから実質返していないのと同じだ。それでいて優しくて男前。綺麗な金髪に青のツナギ、いつも不機嫌そうな顔で葉巻を咥えていたけど女の子にはよくモテた。でも昔から特定の女の子と付き合っているという話は本人からも周りからも聞いたことがない。どちらかというと彼は基本女にはあまり興味がないようだったし、私以外の女とは親しくしていなかったと思う。それがまた私は特別だと言われているようで嬉しかった。もしそれも全部パウリーの計算の内だと言うのなら、私は完敗を認めて有り金全て彼にくれてやっても良い。

「食うものあるか」

彼がお決まりのセリフを言いながら靴を脱ぐ。そう聞かれて無いと答えたことは未だかつてなかった。今日も腹を減らした誰かさんが来るかもしれないと思いながら少し多めにご飯を用意する私の乙女心をこの男はどのくらい察しているのだろう。……あんまり聞きたくないや。

「温めとくから先にシャワー浴びれば」

もう全部が当たり前のように過ぎていく。遅い時間に来た時は泊まっていくのはいつから始まった習慣だったか。彼用の歯ブラシも寝間着もタオルも下着もちゃんと私の家に用意されていて、不都合なことは何一つなかった。サンキュと言った彼がシャワールームに消えて行って、私はコンロに火を点ける。明日彼はお休みで、私は仕事。きっと昼まで寝るだろう。そんなこともよくあることで、彼のシフトを私は知っているし、私のシフトも彼はある程度把握している。だから家の合鍵は彼のキーケースの中にある。やっぱり不都合なことは何一つない。たまに私がめっちゃくちゃに疲れた夜は何も言わずに抱きしめて眠ってくれる。人恋しい夕暮れは触れるだけのキスをくれる。悲しくてたまらない日には手を繋いでくれる。よく考えれば私も彼からたくさんのものをもらっているし、その見返りが少しのお金と食費なら痛くもない。依存しているのは私かと一人納得する。ふふと笑うと、耳元から何笑ってんだと声がして背中に温もりを感じた。私を抱く片腕が心底愛しい。何でもないのと言えば彼は答えなかった。どんな顔をしているかは生憎背後なので見えない。

「どうしたの、またお金なくなったの?」

彼が後ろで呆れたように葉巻臭いため息を吐く。何で私が呆れられないといけないのかちっとも納得できない。パウリーが後ろから手を伸ばしてコンロの火を止めた。その行動の意味が分からず、首を傾げる私の手を引いてカーペットの上に座らせる。なぜかパウリーが正座しているので私も正座した。何だろう、そんな深刻そうな顔をして。今度こそ返しきれないような借金でもしたのだろうか。あり得る。

「パウリー?」

彼の目と私の目がパッチリ合う。

「……そろそろ俺もしっかりしなきゃいけねぇつうか、ハッキリさせなきゃ示しがつかねぇつうか、まあ色々考えたんだけどどれもらしくねぇなと思ってだな、」
「はあ」

それはつまり私とのことでしょうかと訊けば頷かれる。そして、キャミソールにパーカーを羽織ってショートパンツをはいただけの私と、タンクトップにダボダボのスウェットを着ただけのパウリーは神妙な顔で向かい合って、彼はまだ濡れている髪をガシガシ掻いた。

「……結婚するか」

カーペットにシミができる。ちゃんと髪は拭いてねっていつも言っているのに。

「うん、いいよ」

待ちくたびれたよと言ったら、パウリーはバツの悪そうな顔をした。そして立ち上がってツナギのポケットから真紅のケースを取り出して、再度私の前に正座するとそれをおずおずと私の方へ押すもんだから可笑しくて、付けてよと左手を差し出してやった。指輪を通すパウリーの左手が僅かに震えているから危うく泣きそうになる。本当にこの男はどうしようもない男だ。こんなどうしようもない男に騙された私もまた、いやもっとどうしようもない女だ。

「一生養ってくれるの?」
「任せとけ」

全くどの口が言うんだか。

あの星が落ちたら、僕は不憫だ