海の見える教会。おまけに、今日は雲ひとつない晴天と来た。誰がどう見たって、結婚式にこれ以上相応しい日はないだろう。

 太陽を映す青い海に、空を走る鳥たち。港に響く鐘の音の中で、白いドレスとタキシードに身を包んだ二人が幸せそうに微笑みあっている。ナミがうっとりと言った様子でため息を吐き、いいわねと一言。そうだね、とそれ以外の返事が思いつかない。

 幸せそうな二人の様子を横目に見ながら、私たちは歩き出した。教えてもらった服やまでもう少し。

「アンタも、あんなのと付き合ってたら婚期逃すわよ」
「本当だね」

 他人ごとのように呟く私に、親友はたいそうご立腹のようで参った。この手の話題は苦手だ。ナミこそどうなのよと言えば、話を逸らすなとまた怒られた。私の親友は美しいが手厳しい。

「憧れくらいはあるんでしょう」

 そりゃあ、ないと言えば嘘になる。小さい頃、女の子なら誰もが、街の教会で見たウェディングドレスに憧れる。いつか、自分も大好きな人の隣であの美しい白を纏って。でも、憧れは永遠じゃあない。人生奇なり。私は海賊になりたいと思ったことなど一度だってない。

「憧れより、大切なものだってあるでしょう」

 私の言葉に、ナミはぐっと言葉を詰まらせた。ああ言えば、こう言うって?よく言われるよ、お構いなく。ナミにとってそれは世界地図を描くこと。ルフィなら、海賊王になること。憧れは常に過去で、夢は常に現実にある。

「だからって、いつまでも待たされっぱなしでいいわけ?」
「まあ待ちぼうけで死んだって構わないとは思ってるけど」

 ナミは今日最大級のため息を吐き、私がそんなことさせないわ、って。ナミなら本当に有言実行しそうだから頼もしい。

「でも私、あの男以外と、一緒になるつもりはないんだ」

 隣の、呆れ返ったため息が、潮風と共に海に流れてゆく。憎らしいほど、良い天気。


 言われた通り、丘の上まで行くと、仁王立ちで彼が私を待っていた。こんな見晴らしの良い場所で、どうしてそんなに眉間にしわが寄るんだと、言わざるを得ない険しい顔だった。こみ上げてきた笑いを我慢できずに、吹き出した。なんだよ、と私に気づいて顔を上げたゾロの顔は依然としてしかめ面である。

「いいやなんでも、それより、こんなところで珍しいね」

 酒と刀にしか興味のない男が、こんな綺麗な場所に呼び出すなんて、ああ明日は雨が降るのか。あの人たち、今日結婚式しておいて正解だった。

「……悪いかよ」
「いいけど。大方、ナミに何か言われたんでしょ」

 態とらしく目を逸らす。どうやら図星のようだ。

 人のくちに戸は立てられぬ、とはこの船に乗って嫌という程思い知っている私でも、今回のことはちょっぴり恥ずかしい。出来れば言って欲しくなかったのだけど、と思ったところでもう遅い。隣の男の深いしわが全てを物語っている。

 思い返してみても、私たちは未来のことについて話したことなど一度だってなかった。少なくとも、彼はそれを望んでいないように見えたから、それを強要するのは、私の本意ではない。

「気にしなくていいよ」

 手すりに手を置き、身を乗り出せば、空の澄んだ空気がずっと近くに感じられた。は?と彼は少し怒ったように私を見る。ゾロ以外の人と結婚したくない、と私は確かにそう言ったが、それは私の一方的な思いで、それを押し付けるような真似はしたくない。何より、彼の重荷になるようなことは絶対に御免だ。

「……何言ってんだ、お前」
「だからゾロはそんな先のこと気にしないで、自分の思うように「そんな先じゃあねぇよ」

 え?と今度は私が彼を見遣る番だった。ゾロは、そんなに時間かかってたまるか、と苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「大体お前、俺のことそんなに弱ぇと思ってたのか」
「……ゾロ?」
「あ?」
「何の話してるの?」
「俺が世界一の剣豪になる間に、お前がばあさんになっちまうって話だよ」

 ややあって、私の頭の中で親友が意地悪そうに微笑んだ。私が声をあげて笑えば、ゾロが本当にどうした、と怪訝な顔を向けてくるもんだから、やっぱり笑いが止まらない。何でもないよの言葉だって、今は何の意味もない。

 くすぐったい気持ちを抱えながら、ごめんねそういうつもりで言ったんじゃないよと言うと、どうだかなと返される。今日の私は信用がないらしい。

「あいつは海賊王になる、俺は世界一の剣豪になる。もうすぐだ、そう時間はかからねぇ」

 そうだね。
 私は頷く。そうだといいな。死ぬ前にその姿が見られたら、私死んでもいいよって。そんなこと言ったら、本格的に彼を怒らせそうだ。

「その時、俺の隣にいるのはお前だ」
「……光栄だな」
「だから今のうちから準備しとけ」

 ゾロが歩き出す。結局、あの男は一秒だってこの素晴らしい景色を見ちゃいない。情緒の欠片もなくて全く嫌になる。

「隣に立ってるだけなのに準備がいるの?」

 彼の隣に追いついて、そう尋ねると、ゾロは舞い降りてきた花弁を手に取り、私を見下ろしてニヤリと笑った。

「言っておくが、俺は白のスーツなんて着ねぇぞ」
「は、……ちょ」

 結局何を聞いたのだ、と問い詰めたところで答えてくれる優しい男じゃあない。うるせぇと指を耳を突っ込みながら、船とまるで反対の方に向かって行くものだから、こっちだよ馬鹿と逞しい腕を引いた。何も言わずに絡まる指先に、明日の雨を確信し、それを言うのだけは止めておく。今日のような美しい日に、ちょうど今のようなフラワーシャワーの中を、この方向音痴と腕を絡めて歩く日が来るといい。願うだけならタダだろうと、私は彼と歩いてゆく。

モルヒネに酔って迎撃

title by 草臥れた愛で良ければ