雪は深々と降り、積もってゆく。ひどく冷えた夜だ。ひとりぼっちのキングベッドでは尚更真冬の厳しさを感じた。毛布と布団。ずっしり私の上にのしかかっては、私を温めてくれる愛すべき友。掛け布団の上に毛布を乗せた方が暖かいと気が付いたのは、彼と出会うずっと前だった。毛布の肌触りの良さは認めるが、あれは暑くて、途中で避けたくなるので、私にはこのスタイルが向いている。はじめ、彼は怪訝そうな顔をしていたが、つまり暖かければなんでも良いといういい加減な男だったので、今は何も言わず黙って私の横に潜り込んでくる。三井寿という男も、直接触れると熱くて堪らないのだけど、そればっかりは途中で手放す気にもならないので、可笑しな話だ。

 夜中。夜の静けさが雪へと代わり、音を立てるようになった頃、突然の金属音。帰ってきたのかと浅い眠りの中で思う。鍵を閉める音、足音、カバンを置く音。そんなに乱暴に置いたら、下の人から苦情が来る。テーブルの上には私の作り置いた夕ごはんがあるはずだ。電子レンジの音はまだ聞こえない。先にシャワーを浴びるだろうか。水音が聞こえたが、これはシャワーじゃなく、蛇口の音。きっと手を洗ってる。あれこれと考えたけれど、襲いかかって来る睡魔には勝てそうもなく、今日も彼の顔を見る前に寝てしまうなあと思った。せめて彼が帰ってきたことだけ知れたので、よしとしようか。ああ、眠い。

 静かに寝室のドアが開く。音はしなかったが、気配で感じた。もう半分夢を見ながら、彼の匂いを小さく吸い込む。お酒臭い。煙草臭かったら追い出していた。

 彼は、ベッドに腰を下ろし、私の前髪を撫でた。擽ったい。もしかして夜遅くに帰る時、いつもこんなことしているのだろうか。なんかキャラに合わない。まあ好きだけど。

名前

 そのあまりに甘く、優しく、静かな雪のような声が、彼の喉から発せられたものとは到底思えず、私は反射的に目をぱっちり開いた。目の前にいた男は、やっぱり三井寿その人で、その人以外であったら、季節外れの怪談話になってしまうから困るのだけど、これまた照れ臭い。「…起こしたか」「うん」半分起きていたのだけど、それを語るのは面倒で、頷いた。頷いたところで悪かったと言うような男でもないので、それはお互い様。おかえり、と掠れた声帯から彼の元へ。おう、と頷いた彼はぐりぐりと私の頬を押し潰して、何やら笑っているようだ。如何せん悪趣味ではないか。

「……ちょっと、寝るんだけど」
「せっかく起きたろ」
「……起こしたの間違い…」

 彼を見ることのできた安心感か、すぐに先程の睡魔が戻ってくる。こっちへおいでと夢が私の手を引く。きっと、これは幸せな夢だ。布団を鼻の下まで引き寄せ、彼の手から逃れたら、三井はまた私の前髪を触って、ゆさゆさした。よほどお気に入りか。最近、トリートメント変えたから。どうだいい匂いだろうサラサラだろう。私の手を引く夢を蹴飛ばすように、彼が私の額に目蓋にキスを落とした。もしかしたら酔っているのかもしれない。あんまり酒に呑まれるタイプではないけど、アルコールが入ると触りたがる癖がある。

「なあ」

猫を撫でるような声で、彼が私に問うた。

「寝た?」

 寝たよ、いや寝たいよ。寝かせてくれよ。明日は休みなんだから、話は明日、たくさんしよう。最近会えてなかったから、その間のことをたくさん。

「寂しかったか?」

 帰ってこないのはどっちだい。怒る気はないけれど、その答えは彼にこれからのことを許す口実をあげることにしかならない。私は分かってる。私は幸せな夢が見たいだけ。この手を引いてくれるあのこのとこに。

「寂しいって言えよ」

 ああ、やっぱり酔ってるんだなって思って、ああ寂しかったよ、って答えようとした。半分目を開いて、布団から顔を出したら、待ってましたと言わんばかりに彼の唇に吸い付かれる。キツイって。

「──いいか?」

 ダメって言ってもするくせに。もう私の上に乗っかっているくせに。明日になったら半分も覚えていないくせに。私の手を引いていた夢が離れてゆく。寂しいけれど、夢は現実に勝てやしない。これは、きっと幸せな夜だ。返事の代わりに彼の首に腕を回してぶら下がる。答えはイエスしか思い浮かばなかった。