時々、無性に身体に悪いものを飲みたくなる時ってある。例えば今日のような眩しいくらいに綺麗な夕日が見えた冬の休日とかは、特に。天気の良い日は必ずボール片手に消えてしまう誰かさんにもう過剰な期待を抱いて傷つくようなセブンティーンは遙か昔に終わりを告げて、今や当たり前のようにエアジョーダンを履く彼に何時に帰ってくるのと聞くだけだ。本音は、たまにでいいから、私と出かけてほしいなあ、と私はいつになったら言えるんだろう。高校時代、帰り道の途中にあったフラワーパークは今、水仙が見頃なんだって。そんな他愛もないことまでずっと言いそびれてる。

 こんな日に、よく使うのは家の向かいの道路にある青い自販機。この近さが便利で、しばしば会社帰りに使っている。下だけジーパンに履き替えて、上はパーカーを羽織ればいいかと伊達眼鏡にかかとの潰れたスニーカーを突っ掛けて、外に出た。

 無造作にポケットに突っ込んでしまった小銭 を零さないように取り出して、いつものように、上段右から2番目のボタンを押した。何にも考えずに取り出すと、手の平には熱々の小さめな缶コーヒーが触れた。

「えっ」

パッと顔を上げれば、いつもそこにあるはずの私の大好きな清涼飲料水が一段下にズレているじゃあないか。その頃になって漸くこの自販機は冬になるとホットが出るんだったと思い出すけれど、もう遅い。ぽかぽかと温まる右手が何故か虚しい。おまけに、缶コーヒーには大きく無糖ブラックと書かれていて、これじゃあ飲めないじゃんかと泣きそうになる。ポケットを探っても適当に突っ込んできただけなので余分な小銭はあるはずもなく、私はこのブラックコーヒー片手に帰るしかないのだ。今日は、本当に、とてつもなく炭酸をごくごく飲みたい気分だったのに。意気消沈。分かりやすく肩を落とした私が、帰ろうかと缶コーヒーを握り直した時、突然肩に手を掛けられたから、「ひっ…!」ビックリして手からそれが滑り落ちた。

「なにしてる」
「か、……かえで」

 そこにいたのは、紛れもなく私を朝から家に残していなくなった我が恋人である。私が驚いたことに謝る素振りも見せず、(謝らなくていいけどさあ、)彼は自分の足元のエアジョーダンの近くに転がったブラックコーヒーを拾い上げ、私の困り眉とそれを交互に見た。おもむろに、ジャージのファスナー付きのポケットに手を入れた楓は、そこから銀色の硬貨を2枚出して、中段右から2番目のボタンを押した。ガタゴンと音を立てて落ちてきたのは、私の飲みたかった水玉のアレである。

「……帰るぞ」

それを左手に持って、小さな缶コーヒーをポケットに捩じ込んだ。もう片方で私の手を引くから、やっぱり家の鍵を開けるのは私の役目。「さみぃ」と零した丸まる背中に、今日の夜はお鍋だよと告げれば、彼は少しだけ笑顔になった。その横顔は今日の夕陽に負けず劣らず眩しくって嫌になる。

本当は朝から寂しかったんだとか、黄色い水仙を見に行きたいとか、伝えるべき他愛もないことはたくさんあるけど、今となっては、これから飲むジュースと缶コーヒーの方が大事なのだ。