本郷正宗は、実に難解な男である。と、思われている。しかし、その実、意外と簡単な男である。デフォルトと化したしかめ面が、彼のイメージの大半を作り上げてしまっているだけで、気難しいわけではない。こんな顔して、何も考えていない。いや、嘘。野球のこと以外、何も考えていないだけなのだ。

 インターフォンを鳴らしたら、本人が出てくるのは予想通り。正宗のお母さんが町内会の集まりに出かけることは、事前に母から聞いてある。初詣に行こうと誘う、もちろん断られる。家でニューイヤー駅伝を見たい訳でも、ゆっくりおせちの残りを食べたい訳でも、正月くらいと昼寝をしたい訳でもないくせに、私の誘いを断る。本郷正宗はそういう男である。

「まあ、いいから行こうよ」
「何がいいんだ」
「寒いし、いいじゃん、行こうよ」
「意味わからん」
「一人じゃ寒いから、一緒に行こうよ」

 その時、ふたりの間を冷たい風がぴゅうと吹いた。うん。これは寒い。正宗が帰省していなければ、私は間違いなく家に籠っていた。間違いない。北海道の凍てつく寒さの中、捨てられた子犬のような瞳をしてみる。正宗は無言で私を睨み返すと、そのまま扉を閉めた。予想通り。数分後、ニット帽とダウンを羽織って出てきた正宗は、もう見慣れたもんだ。

「何お願いしようかな」
「俺は神には祈らん」

 本郷正宗は案外単純で、いいやつなので、粘れば必ず来てくれると、私は知っている。


 地元の神社は、一年に一度、今日だけ東京のような盛況ぶりを見せる。出店が出て、甘酒が配られる。小さな子供たちは境内の裏で、遊び初めをするので騒がしい。道すがら、土手の方の空ににゅうと伸びた凧など、いかにも正月だ。

「人多いね」

 ちょっとずつしか前に進めない。果たして賽銭箱は近づいているのかどうか。正宗は早速人混みにうんざりしたらしく、デフォルト装備よりもさらに顔を険しくして、ペチャクチャと喋ってちっとも前に進まない先頭集団を睨みつけていた。やめてほしい。

 二礼二拍手一礼。パンパンと乾いた音があちこちから響く。長く並んだ割に、あっさりとお参りを終え、隣でモアイ像のように佇む正宗の袖を引いて、甘酒のテントへ連れて行った。

「何お願いしたの」
「俺は神には祈らん」
「本気?」

ありえない。この男、本当にありえない。

「野球のこと以外でもいいんだよ」
「何で野球の話になる」
「だって野球は自分の実力でどうにかするとか言うじゃん」

 私は伊達にこのモアイ像の彼女を二年もやっていないのである。私の言葉が図星だったのか、本郷正宗は黙りこくった。ほうら、わかりやすい。

「で、本当は何お願いしたのよ、甲子園に行きたいとかでもいいんだよ別に」
「そう言うお前は何なんだ」

 ふむ、そう来たか。

 まあ私はあれだ、成績上がりますようにって。今年は何もしていないのに、何故か成績がピンチになったし。何もしていないからピンチだったんだけども。

「甲子園じゃないのか」
「それは神様じゃなくて正宗に祈る」

 甘酒、美味しいな。温まる。年中飲みたい味だとはお世辞でも言わないけど、元旦には欠かせない。「私を甲子園に連れてって」ウィンク。正宗が呆れたようにため息を吐き出したので大笑いした。新年初笑い。今年も、二人に笑顔の絶えない一年になりますように。願うまでもなく叶う願いだ。

「帰るぞ」
「早」

 甘酒を持っていない方の手、しれっと握られた。珍しいねと言ったら、人が多いと言われた。うん、まあそれ着いた瞬間に私言ったけどね。どうでもいいや。さっきの南ちゃん攻撃、こうかは ばつぐんだ!

「この後のご予定は」
「寄ってけ」
「じゃあ一回ポケモン取りに帰る」

 あけまして、おめでとう。今年も本郷正宗が一番好きだよ。

裏庭に隠した宇宙船

title by 草臥れた愛で良ければ