原作33巻・アニメ266話~268話「バレンタインの真実」より
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バレンタインとは、元々結婚が禁止されていた269年に、愛の名の下に恋人たちの結婚を斡旋していたウァレンティヌス司祭が、皇帝によって拷問の末に死去したことに由来する。
と、堅苦しい話は置いておいて。2月14日は、世界中、どこもかしこも恋人たちがここぞとばかりに愛をささやき合う日である。日本においてはお菓子メーカーの戦略にまんまと踊らされて、阿呆みたいな量のチョコレートが市場に出回る。しかし、恋する女とは得てしてちょっとだけ阿呆になってしまうもの。三十路がなんのその。私もその一人である。
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「吹渡山荘?」
「そういうわけで、来週は泊まりに来ちゃダメだよ」
「それはいいが、どこの山奥だよ」
「どっかの山奥。蘭ちゃんたちに誘われちゃってさ、」
「へえ」
雪山で可愛い動物が見られる楽しい冬のレジャーと、言ったのは蘭ちゃん。その蘭ちゃんがいない間に、実は、と本当のことを教えてくれたのは園子ちゃんだ。
なんでも恋が叶うと有名なチョコレート作りが体験できる、とか。真さんに送るのに、料理上手な名前さんにもぜひ来て欲しい、と頬を染めながら言われてしまえば無下にできない。私ってチョロいから。
まあ年明けムードも落ち着いた2月じゃ、お客さんの出足も思わしくないので、別に店を空けて行くのは構わないけれど。恋に全力なうら若き乙女たちに混ざるのは、ちょっとキツかったりもする。……ちょっとだけ。
「珍しいな、アンタがそんなとこ行くなんて」
「いや~ たまにはアウトドアも良いかなって」
「まあ良いんじゃねえの」
本当はチョコを作りに行くのだけど、それをここで言ってしまうのは、あまりに寂しい気がして言えなかった。大人がバレンタインにワクワクしたって誰も怒りはしないだろう。
「気をつけてな」
「大丈夫、蘭ちゃんと毛利さんたちが一緒だし」
何か事件があっても、名探偵が解決するから。私は気配を殺して生きていれば問題ない。多分。ん?デジャヴ。
「雪道、アンタ鈍いしな」
「……陣平さんに比べたら世の中の大半の人は鈍いよ」
特技・ボクシングとかどの世界線のイケメンですか。いや。私の恋人なんだけど。どんな間違いだろう、ってこれは怒られちゃうから言わないけどね。
「……再来週」
「うん?」
「今のヤマも落ち着きそうだし、泊まる」
「いつも急に来るのに、どうしたの?」
「別に 理由なんてねえよ」
今日だって、何も言わずに来たくせに。もちろん嬉しいけど。というか、どうせ来るだろうなって二人分の夕飯用意してたけど。
今日の親子丼も美味しいでしょ。
「いつも美味いよ」
「はいはい」
毎回懲りもせず喜んでしまうから、これからもどうぞ褒めてくださいな。
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吹渡山荘。こんな地名と『チョコ』なんて、この時期どこでも見るような単語で、私は一体何を思い出せばよかったと言うのか。小綺麗なロッジから出てきた背の低いおばあさんと可愛い柴犬。嫌な予感とは、当たってしまうものだ。
遭難、殺人事件、猛吹雪、雪崩、トンネル封鎖。
結果、ありとあらゆる災厄を詰め込んだロッジに閉じ込められました。