「そういえば、お前、この前言ってた女の子どうなったんだよ」

伊達が松田に問うと、松田は「あ?」と不機嫌そうに睨み返している。伊達が言ってたのか松田じゃなくて萩原だったなと笑っているが、どう考えても確信犯だ。その萩原がしていたのは、松田の女の話だったのだから。

『警察学校の同期』短くも濃い時間を共にした仲間を、その一言で片付けてしまうのは忍びない。しかし、親友と言うには恥ずかしい。俺たちはそれぞれの部署に別れた後も、忙しい合間を縫ってこうして酒を飲み交わした。時に居酒屋で、時に誰かの家で。俺やヒロは職務の関係上行けないことも多かったが、それでも、前回参加した飲みから一年は経っていないように思う。

それは伊達の家で飲んだとき。酔って零時も過ぎた頃、唐突に思い出したかのように、萩原が『まつだァ、お前、名前ちゃんとどうなってんのよ』と切り出した。名前ちゃんって誰だよとか、どうなってるって何がだよとか、突っ込むところはたくさんあったが、とにかく酒に飲まれて口を開くのも億劫だった。だから、ヒロが『名前ちゃんって?』と聞いた時はグッジョブだと褒めたくなった。やっぱり億劫で言わなかったが。

『俺が巻き込まれた吉岡町のマンション爆破事件の関係者の』
『ああ、爆弾ぶん投げた?』
『そう、その子にお熱なんだよな~』

当の松田は『うるせー』としか言わず、否定しないということは本当なのかとその場にいた誰もが驚いた。松田が女性に積極的に絡む姿なんてまるで想像できない。来る者拒まず去るもの追わず。女は寄ってくるのが当たり前とか平気で思っているタイプの男だと思っていたのに。

『……おい降谷、お前今なんか失礼なこと考えたろ』
『心外だな、証拠はあるのか』
『すぐ警察ぶるんじゃねー』
『警察なんだよバーカ』

わーわーと結局いつもの俺と松田のくだらないやり取りに収まって、ヒロと萩原がそれを笑い、伊達が静かにしろ酔っ払いと俺たちの頭を叩く。そこで結局有耶無耶になったのだ、その子のことは。

「そういえば最近名前ちゃんに会ってないけど、どうなってんの」
「会わなくていいんだよ、ったく」
「お?」
「ってことは、」
「……付き合い始めたのか」
「良かったじゃないか、松田」
「へいへい」

手でシッシと追い払う動作をしながら、松田はぐびぐびビールを飲む。伊達にマジかよと背中をバンバン叩かれて噎せ返ってる。思わず笑ったら、目が合った。悪い、って。いや悪くないか。

前回話に上がった吉岡町のマンション爆破事件。それに続く事件が、4年ぶりに杯戸町のショッピングモールで起きた。松田がその事件の担当で、何やら無茶をして危うく死にかけたらしい。爆処と捜査一課は忙しそうにしていたから労ってやろうと思っていたのに、いつの間に女なんて。

名前ちゃん、やっと折れたのか」
「折れたって?」
「そういや前もお熱~とか言ってたよな」
「萩原が勝手に言ってただけだろ」
「いやこいつずっと振られてたのよ、なあ?」
「……松田が?」

珍しいこともあるなと口にすれば、伊達が本当に、と肩を竦める。積極的に絡むところも想像出来なかったのに、何度も振られるところなんて。どんな女性なんだと興味が湧いても不思議じゃないだろう。なんたって、今日は17:30から呑んでる。

「見てみてぇな、その名前ちゃん」
「まだギリ店空いてんじゃない?行く?」
「店?」
「面白そうじゃねーか」
「やめとけ」
「よーし、会計~」

おい、と松田が止める。どこ吹く風でヒロが財布を出した。今日は一応労うつもりの飲み会なので、俺とヒロ持ちだ。

「いいじゃん、行きたい」
「諸伏まで、」
「降谷は?どーする」

松田が止めろと目で訴える。福沢諭吉を2枚ほど取り出しながら、必死そうな奴の姿に笑ってしまう。「……行く」久しぶりに楽しい夜だ。