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 舞台は整っている。松田は腕時計に目を落とし、秒針が真上に来るまでの秒数を数えた。自分の斜め後ろにはガッチリと手を握られた名前がいる。彼女を背に隠す。走りすぎたせいか、松田の心臓も珍しくバクバク音を立てている。

 おあつらえむきのステージ。そこに追い詰められたのは、松田と名前か。それとも。
 向けられた銃口は、確かに二人を狙っている。男が引き金を引けば、それは弾けて容易く命を奪う。バクバク鳴り続ける心臓にまだ大丈夫と言い聞かせ、平気なふりでやり過ごす。

「二人仲良く死んでくれよ」

 3、2、1———

「なっ、」
「これ……」

 二人を中心に、床から水が湧き上がる。噴水ショーの時間だ。
 突き出された手とそれに握られた拳銃。名前の目に、光が宿る。あ、と小さく声が漏れる。松田はまだ気づかない。

「松田さん、名前さん、頭下げて!」

 稲妻が光る。驚く名前の頭を抱え込んでしゃがめば、後ろから稲妻のような何かが飛んで、犯人の顔に直撃する。あーあ。松田は息を吐きながら笑った。結局いいところを持っていくのは、いつだってあのマセた探偵気取りのガキなのだ。
 1分間のショーが終わる。
 顔を抑えて痛がる犯人の右頬に、松田の右ストレートが炸裂し、犯人は呆気なくお縄となった。

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「大丈夫、名前さん!」

 慌てて駆けてきたコナンくんの顔を見て、最後に帳尻合わせをするタイプなのかと納得した。主人公の出番もちゃんとある。むしろいいとこ取りだった。
 トロピカルランドの逃走劇に、21時の噴水ショー。そこで記憶を全て取り戻すところまで一緒だなんて。朧げな映画の記憶を辿りながら、随分ヒロインみたいなことをしてしまったと恥ずかしくなる。だからこれ、私の仕事じゃないんだけどな。

「遅かったね、……名探偵」
「ひとが多くて、って!名前さん!」
「でも流石だなぁ、君は」

 結局助けられちゃったもんね。ありがとう。
 ぐりぐり頭を撫でられているところは年相応なのに、やめてよと言う彼の心は高校生なのだ。ちゃんとね、全部思い出したよ。工藤新一くん。

「……思い出したの?」
「うん」
「いつ!?」
「うーん、全部戻ったのは今さっき」

 噴水に突っ込まれた拳銃を持つ手が、記憶のそれと重なる。
 あの日も、あの男はああして私と佐藤刑事に拳銃を向けたのだ。

「迷惑かけたね」
「僕は何も……それより松田さんに」
「うん」
「ちゃんと言ったの?」
「うん。これから言うよ。たくさん話さなきゃ」

 振り返ると、犯人を取り押さえたまま警察関係者に連絡している恋人がいる。ずっと隣にいてくれたのに、随分長いこと会っていないような心地だ。申し訳なさと、気恥ずかしさと、それより何倍も大きな安堵感。握られっぱなしだった温もりが、まだ手の中に残っている。
 結局、何があっても、私はあの人が好きなのだ。