トロピカルランドに行きたいんです。そう言った時の松田さんの顔は、普通に失礼だけど、変な顔だった。眉間に皺がグッと寄り、口は「はァ?」と言いそうなのを今にもおさこんで歪んでいた。数秒、言葉は返ってこなくて、私はドキドキと彼の返事を待つ。
「……そーかよ。構わねえが、警備は手配するからな」
「いや、その……松田さんと、行きたいんですけど。やっぱり忙しいでしょうか」
私が単に遊びに行きたいというニュアンスで発言してしまったことを後悔しながら、それを訂正する。松田さんは今度こそはっきりと「はァ?」と言った。言った後で言っちまったみたいな顔したのがまた笑える。
「一応聞くが、理由は」
「……楽しいって聞いたので」
「だからなんでそれに俺を誘うんだ」
「一緒に行きたいから、じゃ、ダメですか」
コナンくんに聞いた、思い出の場所。『いいのか悪いのかよく分かんないけど一生忘れない』と、以前、私はコナンくんに言ったことがあるらしい。そこでなにがあったかは知らないよ、と彼は言ったがそこまで赤裸々に小学校一年生に語っていたら逆に嫌なので安心する。
ほとんど藁にもすがるような思いで、松田さんを見上げると、彼は大きく息を吐いた後で小さく「分かった」と言ってくれた。色々と私のことを考えて、ゆっくり進めてくれているのだろう。
恋人だったと言わないのも、必要以上に接触しないのも、なにもかもが彼の優しさだ。分かっている。分かっているからこそ、私も記憶を取り戻して、その優しさに報いたかった。
右にも左にもファミリーとカップルがいて、みんなが楽しそうにはしゃいでいる。思ったよりもずっと遊園地という雰囲気で、なんとなく初めてのデートで来た、とかそんなところかと勝手に当たりをつけた。
私と松田さんも並べば、まあカップルに見えないこともないので浮いているとは思わない。近くにはスーツの目つき悪い警察の方がそこそこいて、それは確実に浮いていたけど。
「わー、すごい。色々あるんですね」
「人が多いな」
「松田さんは遊園地とか、来たりしますか」
「……ま、たまに」
探りを入れる、というと大袈裟だが一応聞いてみる。彼の答えにやっぱりデートかと思ったけど、すぐに「爆発したり、されそうになったりしたけど」と付け加えられて混乱した。爆発、ってそんな頻繁に起こることなの?
「なんか乗りてぇもんとかあんだろ。付き合うぜ」
「あ、はい。じゃあ、アレとか」
特にコレという目当てがなかったので一番最初に目に入ったジェットコースターを指差す。松田さんがやけに心配そうな顔で「大丈夫か?」と聞いてきたのを心外だなと思ったが、それが実体験に基づく心配であったと気付くのは30分後のことだった。
:::「おい、大丈夫か」
「む、無理かも」
「ほら飲み物」
「すみません」
私はどうやらジェットコースターがあまり得意ではなかった、というどうでもいいことが分かった。好きとか嫌いとか分からないので、とりあえずと思って乗ったらめちゃくちゃ怖くて驚いた。浮遊感もスピード感も人間が乗っていいものとは思えない。
「苦手だったもんな、変わんねえな」
「知ってたなら……言ってくださいよ……」
「いや記憶ないならいけんのかと」
「無理でしたね」
松田さんが笑いながら、自分の分のコーヒーを飲む。横顔に目をやりながら、私ももらったカフェオレに口をつける。温かい。ちょっと熱いくらいだったけど、美味しいな、と思った。
「松田さんは、前にここへ来たことはありますか」
ゆっくりと振り返るその目に、疑問をぶつければ、彼はそっと綺麗なまつ毛を伏せて「ある」と答えた。語りはしないが、嘘もつかないつもりらしい。
「——何に乗りました?」
誰と、いつ来たの。と聞くのがちょっと怖くて、それで誤魔化す。
その時に乗ったものにまた乗れば、ヒントにはなるかも。
「……観覧車」
「それだけ?」
「そう」