翌日、朝刊でモリアーティからジャックザリッパーへの伝言を確認した私たちは、公演の前にアイリン=アドラーに会うべく、花を持って彼女の楽屋を訪ねた。100年前のロンドンにセキュリティを求めるのも馬鹿な話だが、こんな訳もわからない一団が主役に簡単に会えるくらいだ。ジャックザリッパーが忍び込むのも、何か仕掛けるのも簡単だろう。
確か公演が始まるまでは誰も脱落しなかったはず。大人の方が劇場内を彷徨くには向いているということで私と陣平さんが何か仕掛けられていないか確認、子供たちが彼女へ公演中止の説得を試みることになった。私も会いたかったな。新一ママ。
「探すって言っても広すぎて、」
「どうせこんなでかい建物を襲うんだ。仕掛けも一つ二つじゃねえだろ」
「じゃあどうするの?」
「刑事の勘」
陣平さんがものがたくさん置いてある倉庫のようなスペースを片っ端から見て回る。木を隠すなら森の中。仕掛けを隠すなら大量の資材の中という訳らしい。私のぼんやりとした記憶だと、罠は爆弾だったはずだ。コナンの映画って言ったら爆発だし。
「おい、名前」
「何、あった?」
「ああ。見てみろよ」
そこには大きなふるめかしい爆弾が一つ。あーあ。私と陣平さんがいる限り、爆弾は避けられない運命らしい。誰が爆弾娘だ。不名誉だわ。
「こんな昔から爆弾ってあるのね」
「火薬自体はかなり昔から存在するからな」
「って、まさか解体するつもり?」
「見てみるだけだよ」
「……どうだか」
慣れた手つきで時計の盤面を外していく陣平さん。何でもバラバラにするのが昔から好きだったって言ってたもんね。萩原さんが昔。
いくら現代では爆弾処理班のエースだと言ったって、この時代の爆弾とは構造がまるで違う。シンプルな作りだからこそ、解体するのが難しいってこともあるだろう。いや、何も知識はないけどさ。
「どう? 止められる?」
「やってみないと分かんねーが、止められたところで爆弾はどうせ他にもある」
「うん」
「アンタは先にあいつらと合流して、このことを知らせてくれ」
「陣平さんは?」
「せめてこいつだけはどうにかするよ」
本当は一緒に戻ってほしいけど、止めたところで無駄だろう。大人しく言う通りにするしかない。もう公演が始まる時間だ。
「じゃあまた後で」
「こんなところで脱落しないでね」
「わーってるって」
陣平さんと別れて30分。とっくに公演は始まっている時間だ。しかし、なんてことでしょう。チケットがないから中に入れてもらえないのだ。みんなはアイリン=アドラーの紹介でもう中にいるだろうけど。これ私どうしたらいいの?
「だから、アイリン=アドラーの知り合いで、!」
「じゃあ通行証は? あるんなら見せな」
「ないですけど」
「じゃあダメだよ。綺麗ななりしてたって入れられないさ」
ああ、もう! これじゃあ埒が明かない。どうにかして中に入らないと始まらないって言うのに。このままじゃバラバラのまま話が進んでしまう。まずいって。さてどうしようかと思った時、地鳴りのような音がして建物全体が大きく揺れる。悲しきかな、初めてではないこの感覚。
「爆発しちゃったし、」
「なんだ!? うわ、」
続いて大勢の悲鳴がして、私たちが問答していた前の扉が押し開けられる。中の人が逃げ出してきたのだ。これ幸いとばかりに私は人波に逆らって中に体を滑り込ませる。非常事態だ。誰も彼も自分のことで精一杯。
残念ながら江守くん、滝沢くんの脱落には間に合わなかったらしく、今回の私は間違いなくお荷物である。無念。
「名探偵!」
「名前さん、よかった。あれ、松田刑事は?」
「今爆弾と睨めっこしてる」
「爆弾って、」
「逃げながら話すよ。行こう」
アイリン=アドラーをゆっくり見る間もなく、ひとまず裏口へ向けて走り出す。爆発の中、逃げるのってそんなありふれた経験じゃないはずなのに、もう何度もそうなってるのは一体全体どういうことなんだろう。もしかしなくても、私って神さまに嫌われてる?ねえ。
「爆弾は建物を破壊するように仕掛けられてるだろうから、一刻も早く外に出て離れろって、松田さんが」
「分かった、松田刑事は?」
「裏口で合流するって言ってたから多分大丈夫」
「了解」
走った。もう肺に穴が空いて息ができないんじゃないかって思うくらい。ぴちぴちの子供たちは知らないかもしれないが、大人になると全力疾走ってそう長くはできないのである。
「キャア、」
「あ、危ない……!」
転んだアイリンさんの上に崩れてくる瓦礫。咄嗟に体が動くのはもはや癖のようなもので、火事場の馬鹿力で彼女もろとも転がり避けることに成功した。先に行っていた諸星くんが戻ってきて、手を貸してくれる。足を止めると余計に息の苦しさがぶり返すみたいだ。
「おい、大丈夫か姉ちゃん」
「うん、何とか」
「ありがとう。またあなたたちに助けられたわ」
その時、初めてまじまじとアイリンさんを間近で見た。これが新一ママをモデルにしたという。本当に美人だ。人生で見た中で一番美人だと思う。
「綺麗な人を助けるのは、いつの時代も常識ですから」
「あら」
「ね、諸星少年」
「は? お、おう」
そんなくだらない話をしている間に、後ろを走っていた名探偵を庇って哀ちゃんが脱落してしまった。ジーザス。役立たずの名を恣にしている場合じゃない。
「おい、こっちだ!」
「松田刑事!」