「うわ、これはまた立派な桜ですね」
「アナタまで!なんでこんなところに、」
「色々ありまして……」

 事件現場の桜の木の下。ミラ王女の様子を伺いながら姿を表すと、彼女は私たち3人を見て驚いている様子だった。そりゃあそうだ。一人は髭面。一人はワイン少年。一人は料理人である。

「アナタもワイン少年の知り合いだったの?」
「家が近くて、よく食べに来てくれるんですよ」
「そっちはアナタの恋人? それとも旦那?」

 ミラ王女は先ほどまでワンワンと泣いていたのが嘘のように、悪戯な笑みを浮かべて私と次元さんを見た。確かに3人並んで登場したがまさか本当に夫婦に見えている? だとしたら家族のふりした今回の作戦は成功だ。絶対バレバレだと思ったけど、案外異国ならば上手く行っちゃうんだな。

「まさか、「そういうこった。それで、事件が起きたのはここか?」
「ちょっと、次元さん!」
「いいじゃねえか。説明するのも面倒くせえ」
「ダメですって」

 私が反対するのを聞きもせず、名探偵と事件の話を始めてしまう。それをされたらそれ以上邪魔をできないのだからきっと確信犯だ。ひどいひどい。まあミラ王女に誤解されたからと言ってどうという訳でもないけど、嘘はダメだろう。だって本当の恋人は日本にいる訳だし。あーあ、また陣平さんのこと思い出しちゃった。

「――名前さん?」
「なあに、名探偵」
「大丈夫? 疲れた?」
「平気。そりゃあ少しは疲れたけど」

 名探偵が桜の木の下で座り込む私の顔を覗き込むように近づいてくる。綺麗な顔だね、君は。将来有望だよ。いや、もう分かってんだけどさ。やっぱり美形は小さい頃から美形なんだね。嫉妬する。

「松田刑事のこと考えてた?」
「……名探偵は私たちのこと揶揄うのが好きだね」

 三十路の恋愛をネタにして何が楽しい? それより君は自分のことをもっと考えろ。さっさと元に戻らないとどこの馬の骨かも分からないようなやつに蘭ちゃん取られちゃうからな。多分大丈夫だけど。

「そんなことないよ。でも二人見てると相手のことすごくよく考えてるのが分かるから」
「褒められても恥ずかしいだけだって」
「へへへ」

 名探偵の小さな額を指でちょんと小突く。私たちが相手のことをよく考えてる、か。否定はしないけれど、それを改めて他人に指摘されると恥ずかしくなる。そんなバレバレだったのかな。気をつけよ。

「うん、でもこんな綺麗な桜、陣平さんにも見せてあげたかった、とは思うかな。すっごい綺麗だし」
「そうだね」
「まあ花なんて興味なさそうだけど」

 サングラスを外しもしないで、大きな欠伸して、私が満足するまで隣にいるんだろうな。陣平さん。そんなことまで容易に想像できてしまうのが寂しい。ふとした瞬間に思い出しては、自分の感情を相手に共有したくなる。きっとそれが恋愛だ。多分。

「さっさと解決して日本帰らないとね。頼んだよ、名探偵!」

 私は事件のほとんどを知っているけど、事件を解決するのは私の役目じゃない。

 よろしくね、と肩を叩き次元さんの方に歩いてゆくコナンくんを見送る。ふっと次元さんと目が合ったような気がしたけど気のせいかな。

「……綺麗じゃねぇか」
「パパ」
「パパって呼ぶんじゃねえよ」
「桜の話だよね?」
「どうだかな」
「もしかして名前さんのこと好きなの?」
「そりゃあ夫婦だからな」
「もうダメだよ、名前さんには恋人いるんだから」

 次元大介が小さく笑みをこぼす。コナンは頭の中で松田に手を合わせて謝った。また厄介なことになった、ごめんなさい。

「女心ってのは盗むもんだろ?」

 そんな男同士の会話は彼女の耳には届かない。