「流石だね、名前ちゃん」
萩原が他人事のように呟く。内心では結構心配していたが、今はそれどころじゃないレベルで怒っている男が横にいるのでこれでも自重したのだ。先日事件のあったサクラサクホテルで名前が働いていたのは知っていた。その日は松田も残業で「どうだった?」というメッセージ一つしか送れなかったし、それに返事がないことにもそう違和感は感じなかった。三十路の恋愛、互いに多忙だ。連絡が遅くなることはよくあること。
だが、次の日になっても返事が来ず、おまけに彼女の知り合いの毛利探偵のとこの娘がヴェスパニアに連れて行かれたと聞いた時から嫌な予感はしていた。極め付けは他人経由で預かった本人からのメッセージだ。
いろいろの部分を説明して欲しい気持ちでいっぱいだが、まあそこは時間がなかったのだろう。怒らないでと言われてももう遅い。大切な恋人はどうしていつもこうなのだろうか? 一度お祓いに行くべきだ。
「ヴェスパニアってまた遠いところに」
「ったく、」
「かなり強引なやり方だって言うし、変に脅されたんでしょ」
「だろうな。強引には強引で相手するしかねえな」
「何するつもり?」
松田はデスクの中から有給休暇申請書類を取り出し、それをそのまま萩原にパスする。萩原にとって松田の筆跡を真似て書類を書くことなんて雑作もないことだし、もちろん松田もそのことは知っている。
「書いとけ。一週間。親が倒れたってことでいい」
「一週間も休んでヴェスパニア旅行に行くって? どうやって」
萩原は眉間に皺を寄せながら、さらりと公文書を偽造する。慣れたもんだ。
「どこに電話してんの、ってまさか……」
「あ、降谷か? 頼みがある」
「使えるものは公安でも使えってか」
「――で? 俺に頼み込んでCPOのルパン捜査に同行したはいいものの、肝心の彼女が王宮にいないって?」
「笑うな」
「松田をそこまで振り回すのは名前さんくらいだろうな」
「ほっとけ」
松田は廊下の隅で電話を切り、大きく舌打ちをした。場所はヴェスパニア王国、王宮内。応接間の前の廊下である。
そう、警察学校時代からの友人である降谷に頼んでCPOのルパン捜査に特別に同行し、無事にヴェスパニアへ入国することは叶ったものの、行ってみたら肝心の彼女が外出中ときた。どうなってんだ、全く。
「あの松田刑事、名前さんは」
「彼女にはコナンくんたちに同行してもらっています。母親役が必要だったので」
「あっ、」
「――母親役?」
「いや、松田刑事。それは、」
キースが松田にことの顛末を説明する。次元とコナンが親子という設定で市内を捜査する予定だったが、外見上違和感を減らすために母親役として名前に同行を依頼した、と。松田の眉間の皺は深くなるばかりである。残当。
「すみません、止める暇もなくて」
「アンタが謝る必要はねえよ」
「でも、……怒ってますよね?」
「いいや。呆れてんだ」