「まずはどこ行く? あなた」
「あなたってアンタなァ」
「コナンはどこか行きたいとこある?」
名前さん案外ノリノリだね」
「そう見えるなら私って結構演技派だってことよ」
「あははは」

 店に来る家族の距離感を思い出しながら、一歩次元さんとの間の距離を詰める。家族が離れて歩いてたら変だろう。片手で名探偵と手を繋ぎ、もう片方の手は次元さんがポッケに突っ込んだ腕に絡める。もちろん「失礼します」は言った。いきなり撃たれたら死ぬし。

「確か、パレードをやるのはこの通りのはずなんだけど」
「大きいビルがたくさんね」
「僕もっと高いところが見たいなあ」
「じゃあパパに肩車してもらいなさい」
「は?」

 何言ってんだという顔の次元さんのことは気づかないふりをして、名探偵を持ち上げる。私が持ち上げられるギリギリまで上げればあとは勝手に上ってくれた。「あ、おい!」。パパはすごく嫌そうだけど。

「うわあ、そうしてると本当に親子に見えますよ」
「アンタは何のつもりだ」
「捜査に協力してるんです。蘭ちゃんを守るのは大人としての責任なので」
「だからってなぁ」
「それに楽しいです。ちょっとだけ。私、海外久々なので」
「ねーねー」

 次元さんからふわりと香るのは煙草の匂い。イメージ通りだ。でも今、煙草と聞いて思い出すのはサングラスをかけた日本の恋人のこと。ああ、怒ってるだろうな。ちゃんとメッセージは届いたのかな。ちゃんとご飯食べたかな。萩原さんにも頼んでおけばよかったや。

「――おい、行くぞ」
「あ、待ってください」
「待ってよ、パパ」

 私の肩を抱いて歩き出した次元さん。さすが稀代のモテ男。女の扱い方は心得ているらしい。私たちの後をついてくる名探偵はすっかり子供みたいな顔で、また子供らしからぬことを言っている。

「ねえ、パパならどのビルから狙う?」
「俺は殺し屋じゃねえ。どのビルがいいかなんて分かんねえよ」
「パパが殺し屋なんて言ってないでしょ」

 まあ本当は殺し屋だけどね。アニメ史に名を残す天才ガンマンだ。
 私は何もかも知らないふりで彼らの隣を歩いた。名探偵が自分の推理を子供っぽく誤魔化して披露するのはいつも通りだ。今更驚かない。指だの手だのリボルバーだの、小学生がそんなこと言ってたら変だろう。この子、本当に正体隠す気あるのか?

「おい小僧、一つだけ言っておく。――二度と“パパ”と呼ぶな」

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 その後、やる気まんまんの名探偵に反対されながら私たちはBARに入った。もちろん次元さんの独断だ。事件現場に行く前にどうしても一杯お酒を引っ掛けたいらしい。多分本当は煙草吸いたいんだろうけど。

「――で、なんで私まで」
「俺たちゃ夫婦なんだろ」
「都合のいい時だけ大人サイドに引き込まないでください」

 彼がさらりと度の強いウイスキーを頼む横で私はジントニックをオーダーする。結局飲むんだなんて名探偵の声が聞こえてくるけど、バーに入って何も頼まないのは失礼だろう。心配しなくともジントニック一杯で酔ったりしない。

「大丈夫かな、名探偵」
「ほっといたって生き延びんだろ、あのガキは」
「まあそうなんですけど」
「どちらかと言えば、俺はアンタの方が知りてぇが」
「私、ですか?」

 帽子の奥から魅惑的な瞳がこちらを覗く。髭を蓄えた口元は緩やかなカーブを描いていた。そうかそうか、次元大介はこうして女を口説くのか。そりゃあ好きにもなるわけだ。

「なにもんだ、アンタ」
「何者ってただの日本人ですよ。料理人をしています」
「さっき、あの坊主が俺を殺し屋だと言った時、驚いてなかっただろう。ただの一般人が狼狽えねえはずのない会話だったと思うが」
「もういろんなことがありすぎて麻痺しちゃっただけですよ」

 それは本当だ。この短い間にいろんなことがありすぎて、もう少しのことじゃ驚かない。この映画のストーリーを把握してるとか、次元大介の正体を知ってるとか、それを抜きにしても。

「王宮で初めて会った時、アンタは『次元さんもよろしく』と言った」
「それが」
「俺はあの場では一度も名乗ってねえよ」
「そ、れは――」

 マズイ。この人たちは揃いも揃って観察眼が鋭くて嫌になる。迂闊に会話も挨拶もできやしない。

 こうなったらとぼけるしかないと首を傾げるに留めれば、次元さんは諦めたのか小さく笑みをこぼして煙草に火をつけた。次元大介。忘れようにも忘れられない名前なんだから仕方ない。

「まあいい。今回は見逃してやる」
「それはどうも」
「いつか聞くさ。いつか、な」

 あーあ、早く日本に帰りたいな。助けて、陣平さん。