21:13

ひったくりの聴取やら、事後捜査の協力を終えた頃には、すっかり午後9時を回っていた。閉園は22:00。残り一時間もないということになる。あと一時間以内に名探偵がこの爆弾を解除できなければ、私たちはバラバラになると。なんともスリリングなイベントである。
事務所を出て、顔を上げれば夜空に輝く観覧車。綺麗だなあ、と思うくらいにはまだ心の余裕がある。いや、嘘かも。心臓バクバクしてる。

「それじゃあレストランにでも行こうか」
目暮警部が、手柄を上げたご褒美だとにこやかに笑う。みんながわーいと喜んでいるのを見ているのも、複雑な気持ちだ。

「行くぞ」
「は、行くぞってどこに」
「ちょっと松田くん、困るぞ」
「大丈夫っすよ、すぐ戻ります」
「じ、……松田さん??」

レストランのあるホテルとは逆の方へと足を進める陣平さん。引きずられるようにして連れてこられた先は、さっき綺麗だなと見上げていた観覧車だ。もう閉園も近づき、人もまばら。待ち時間なしでスイスイとゴンドラの前に着く。ふたり、とスタッフさんに告げた陣平さんと共に、20分の空中浮遊の旅がスタートした。

「陣平さんって観覧車好きなんですか」
「普通」

アンタは、と聞かれたので、どちらかと言うと好きじゃないかもしれないと答えた。高いところは嫌いどころか、むしろ好きだけど、観覧車に乗ると、爆弾事件のことと告白された時のこと、どちらも頭を過って、どうにも落ち着かないのだ。ゆっくりと、しかし、確かに窓からの景色は高度を上げてゆく。ああ、あの時もこんな気持ちだったなあと、四年前の11月7日を思い出した。

 人間はいつの間にやら死んでしまう生き物だ。こんな狭い個室で爆弾を仕掛けられたら死んでしまうし、腕時計サイズだとしてもそれが腕に仕掛けられていたら死んでしまう。爆弾の致死力たるや、私のお墨付き。

「隣、行ってもいい?」
「んなこと聞くな」
「それは失礼しました」

笑いながら、彼の隣に移る。がらんとゴンドラが小さく揺れる。腕にはめられたリストバンドは、確かに私の残り時間を示している。怖いなあ、全く。
スルリと、彼が自然に私の手に自分のそれを重ねる。顔を見ると、頬杖ついて窓の外を眺めてた。二人になりたかったのなら、そうはっきり言ってくれてもいいのに。幾つになったら素直になれるのやら。

「悪かったな、今日」
「何が?」
「デート 楽しめなかったろ」

うむ、確かに。考えてみればしっかりデートらしいデートをしたのは午前中だけで、午後は陣平さんが捜査に駆り出されたり、ひったくりを追いかけて人質になってしまったりと、まるでデートではなかった。何よりも、この腕に嵌った爆弾がある限り、普通のデートはかけ離れたものには違いないのだ。

「陣平さんと一緒にいて、楽しくなかったことなんてないよ」

陣平さんは、ふっとそれを笑うと、私の首裏に手をかけた。キスをする時はいつも静かだ。彼は喧しいのは嫌いな人だけど、胸のドキドキが聞こえてしまいそうで私は恥ずかしい。

「……また来られるかな」

視線を落とせば、自分の腕に嵌った爆弾が目に入る。

「当たり前だろ」

当たり前が、当たり前じゃないこの世界で、どうして私はこの人に出会えたのだろうか。そんないくら考えてもわかりようない事ばかりが、狭いゴンドラの中をぐるぐる巡る。怖いものは、どう頑張っても怖いなと、思ったところで、ゴンドラは地上に着いた。

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 21:52

唾を飲む。もう10分もない。名探偵、早くして。心臓が口から出てきてしまいそうだ。
何も知らない子供たちは疲れた顔をしていて、周りに待機する警察関係者は事情を知っている人が見たらすぐに気づけるくらいには、神妙な面持ちだった。この中で平静を保っているのは哀ちゃんと私の目の前に座る松田陣平くらいのものだ。流石。

「陣平さんは、行かなくていいの」
「あ?」
「警部さん、外出ていったけど」
「……ああ」

彼は動く気がないらしく、依然頬杖をついたまま、つまらなそうに夜景を見下ろしている。その横顔も、とても格好良くて、やっぱり好きだなあと、どうしたって、思ってしまうのだ。

「のど、乾いた」
「は?」
「ねえ、外の自販機でなんか買ってきてくれない?私、今小銭ないんだ」

下手な芝居は、二人で打とう。昼間、自分で自分に言った。私が頼むと、陣平さんはちっとも笑ってくれなかったけど、そんな真面目な顔だって好きで好きで、大好きだ。だから、もしも、何かが上手くいかなった時に、ここで一緒にバラバラになった欲しくない。

「却下 面倒くせえ」
「いいじゃん、お願い」

お願い。生きていてよ。陣平さんは私がどうしても、救いたかった命なのだから。

「今はアンタから離れる気はねえよ」

だから我慢しろ、と彼が私の額を小突く。敵わないな、と思いながらデコをさする。『アンタが死ぬなら、俺も死ぬ』私は、そんなこと望んだことないのに。平凡な暮らしが続けと望んだところで、この世界は、私にそう甘くない。