午後7時半を少し回ったところ、園内では煌びやかなパレードが進行していた。ミラクルランドと看板を掲げた観覧車の足元を抜け、一番人の集まる広場に出て、私たちは人ごみに目を凝らす。
「野球帽にジャンパー着てる男やったよね」
「うん、でも脱いでるかも」
まあ、私なら一通り全部脱いで捨てるなあと考えながら、二人の後ろをついて歩いた。
説明しよう。あの後しっかりとひったくり事件に巻き込まれた私と陣平さんは、犯人を見つけるぞと意気込む未成年のお守りになった。私は弱いからってことで蘭ちゃんと和葉ちゃん組、一番守られるべき少年探偵団諸君は陣平さんに任せた。すっごい嫌そうな顔してたけど。まあ、子供嫌いってこともないだろう。面倒なだけで。
「ほんまに。よりよって一番人の集まる時間や」
「待って、あの人怪しくない……?」
「あの黄色のシャツの?」
蘭ちゃんが指差した男は、確かに図体が大きく、髪がはねていて、怪しさ満点だ。さっき身につけていたものは処分したのだろうと、蘭ちゃんが言うと、和葉ちゃんが新一くんのことを引き合いに茶化すもんで微笑ましい。主要キャラは流石にスペックが高いなあと、私は後ろで拍手してた。映画見たことあるけどアイツで間違いないと思う、と言えない私は、どうせ無能だ。
「あっ、逃げられる」
その声を合図に、二人とも走り出してしまったので、急に追いかけっこスタートだ。嘘じゃん。ちょっと待って、と言いたところで誰も聞いてない。とにかく勢い余って園を飛び出したらお終いだと、私も運動不足の体に鞭打って走り出した。
男は周りの人を突き飛ばしながら進んでゆく。目立って仕方ない。馬鹿か。私は片手で陣平さんをコールするが、全然出てくれない。向こうも追っていると見た。これ私、追う必要あるかな。あるよね。哀ちゃんいないもん。
どんどん出口の方に向かってゆく男を、心の中で盛大に罵りながら、何とか若い二人に食らいつく。横から現れた光彦くんがモップを投げると、それに躓いた男がすっ転んだ。私よりだいぶ先を走っていた二人が男に追いついた頃には、襲いかかる巨体を悠々吹っ飛ばすもんだから、ますます私の存在価値を疑わざるを得ない。待って、肺に穴が空いたみたいに苦しい。無理。
「あっ、しもた……!」
「ん? ワッ」
まだ全然苦しい顔を上げれば、歩美ちゃんの目の前に男が転がっている。怖がる歩美ちゃんを抱き上げた男はナイフを突き立て、ゆっくり出口の方へ向かってゆく。ゲス野郎。お前が爆発しろ。目暮警部たちや蘭ちゃんたちが何か言っているが、まあ無駄である。そりゃあ、流石にね。
出口に差し掛かったところで、現れたのは園子ちゃんだ。
「出口は隣」
「うるせえ、お前が退けえ!!」
「怒鳴ってもダメ」
どんと男を突き飛ばした拍子に、歩美ちゃんが逃げられた。いや、無知って怖い。強くもあるけど。とりあえず難を逃れたことに安心すれば、間髪入れずに警部が確保の合図を出す。逃げる男。向かってくる先は……アレ?
「人質の代わりならいくらでもいるぜ」
「……何でこうなる……」
太い腕に掴まれた首は苦しい。あと臭い。えっ、何でこれ私の仕事になってるの。代わりいくらでもいるのに、私を選んだその心は?
「名前さんっ!」
ほら、またみんなに心配かけてるよ。苦しいし。ナイフ振り回さないで、危ないから。
爆弾解体したり、爆風で宙を飛んだりしたが、人質は初めてだな。思ったより体勢が取れなくてしんどい辛い。まあまあ怖い。
「近づくなよ、近づいたらこの女を「名前!」
あ、よく知ってる声だなと思ったら、視界の端に恋人の姿が見えた。かかとを地面に叩きつけるジェスチャー。うえ、失敗したら死ぬんだけどな。いつものことか。せーの!
何とか振り上げた足を思いっきり男のつま先へ下ろす。
「頭下げろ!」
「ひい」
もう嫌だ~~言われた通り、頭を下げればそのすぐ上を拳が走る。強烈な右ストレートが炸裂した。怖。
「確保だ~~!!」
ぶっ飛ばされた男の哀れなことよ。左頬をえげつないほど腫らした男は、こうして無事にお縄になった訳である。
「アンタなあ……」
「私、悪くなくない?」
「ケガは」
「なし」
「ったく、ヒヤヒヤさせやがって」
「じゃあもっと早く来てよぉ」
そんな頭ぽんぽんで許すと思うなよ。怖かったんだからな、これでも!あと足痛い!!