哀ちゃんと名探偵が、とても小学生とは思えない計算を披露し、ビルからビルへと車で飛び移る作戦の可否について議論している。二人はきっと私がいるのを忘れているんだろう。聞いてみてもその計算の正誤なんてわかるわけもないけど、一つだけ言えるのは小学生という設定を忘れんなってことである。オバサン、どんな顔してここに立ってればいい?
『——おい、』「わあ、怒ってる」
『当たり前だ、この馬鹿』
目を凝らして、向かいのビルの屋上をみる。人らしき影はポツポツ見えるが、どれが私の彼氏様かは分からない。名探偵から携帯を渡され、出てみればご立腹のご様子。当然。何で、この電話、私に渡したの? 怖いんだけど。
『爆弾があるって?』
「今回ばかりは解体の仕様もなさそうな数がね」
『何だってそんなに爆弾事件に巻き込まれんだ、アンタは……』
私が聞きたいよね。
「誰かさんと付き合ってるからかしら?」
深いため息。やだなあ、そんな顔しないで。見えないけど。
『アンタが早く会いたいって言うから急いで来てやったんだ』
「うん、だから、すぐ会いに行くよ」
『——絶対だな』
「大丈夫だって、ずっと一緒にいるって約束したでしょ」
『ん。探偵坊主に代われ』
名探偵に渡すと、すぐに不思議そうな顔で、切れた画面を見つめてる。
「何だって?」
「俺の女殺すな、以上。って切れちゃったよ」
「松田さんらしい」
携帯ありがとう。私が言えば、名探偵は首を振る。
「今日の僕たちは、運命共同体なんでしょ?」
「そうだった」
・
・
マスタングのエンジンをかける。みんなには私に任せろとと言ったが、こんな外車は運転したことない。AT車じゃなかったら終わってた。これを今からプールに沈めると思うと、非常に心苦しい。小五郎さん、ごめんなさい。
「ねえ、名前さん」
「なんだい、名探偵」
「名前さんって、ふたりの時は松田刑事のこと名前で呼ぶんだね」
それは、生きるか死ぬかの時に言うことなのだろうか。私には君のことは本当に、わからない。きっとずっと分からないままだよ。
「名探偵も、たまに蘭ちゃんのこと呼び捨てにするでしょう。気をつけたほうがいいよ」
誰かに正体バレても助けてやらないから。
あと、30秒
本来ならここで、哀ちゃんは車に戻る予定だった。それなのに、カウントを続ける彼女に光彦くんと元太くんがが大きな声を上げる。彼女は戻らない。哀ちゃん、人生は辛いことばっかりだった?もう死んでしまいたい?そうすればこの先に誰も危険に晒さず、迷惑もかける、丸く収まると思ってる?本当に、そうかな。
「何するのよ!」
「母ちゃんが言ってたんだよ!米粒一つでも残したらバチが当たるってな」
少なくとも、ここにいるみんなは、哀ちゃんに生きて欲しいと思ってる。死んだら悲しいと思って泣いてくれる。迷惑だなんて思わず、哀ちゃんのために戦ってくれる。そんな心の優しい子ばかりだよ。きっと、分かっているはずだ。哀ちゃんは愛の知らない子ではないから。だから生きよう。元太くんがその手を掴む。光彦くんが受け止める。一緒に、向こう側まで行こう。
あと10秒
死んでお終いにするなんて、そんな勝手が許されるほど、人生は甘くない。
5、4、3、——
エンジン全開。「全員振り落とされないでよね!!」さあ、行こうか。