「名前さん、大丈夫ですか?」
「全然平気。蘭ちゃんこそ、手大丈夫?」
「へっちゃらですよ」
逆に怖いよ。
なんとか、エレベーターから脱出し、蘭ちゃんがドアを押し開け、ただいま45階。
「名探偵、火が迫ってるみたいだ」
「早く橋を渡って、隣のビルに逃げよう!」
嫌だなあ、嫌だなあ。嫌な予感とともに、ジンの薄笑いが頭をよぎる。もう、なんだって私がこんな目に。
「みなさん、ここを渡れば隣のビルですよ」
連絡橋が見えたその時、轟音が鳴り響く。あのクソ野郎!!
「名探偵!!」
呪うなら自分の足の遅さを呪えばいい。リーチが違うはずの名探偵の少し前を走っていた私の体は、必然的に降りかかってくる連絡橋から守るために小さな体を抱き上げた。「うわっ」転んだけど、命はある。
ドシャーン
こうして、私たちの希望は地面にて残骸に消える。泣きそうだ。
「名前さーーん!無事ぃ?」
「大丈夫だから、先に逃げてーー」
大きく手を振る。これが最後に見た私の姿にならないことを祈る。
「まずい、退路を絶たれた」
防火扉の奥は、煙でいっぱいだと名探偵が呟く。
「そうみたい、だね」
ねえ、これ私の役目じゃない。
・
・
自分の悲運さを呪う間にも、煙はどんどん私たちを追い詰める。背の低い名探偵は苦しそうに咳き込む。頭脳は大人といえど、これ以上小さな子供の体を火災の煙の中に置いておいたら命に関わる。覚悟を決めるしかなさそうだ。備えられた消火栓の扉を開く。中には長いホースが、私のためみたいに用意されている。震える手でそれを取り出し、剥き出しになった鉄筋に引っ掛ける。
「名前さん、まさか——」
「大丈夫、何度も映画で見たから」
君と蘭ちゃんがタンデムするところを、ね。
「名前さん、」
「しっかり捕まっててね」
ホースと共に抱き上げた名探偵を体に巻きつける。後ろは火の海。前は絶壁。逃げ場がないとはこのこと。活路は前。誰かの言葉が私の背中を押してくれる。一歩、また一歩、前へ。どうやら私は高いところに縁があるらしい。
pipipi
「名探偵、私の胸のポケット、携帯とれる?」
名探偵は頷き、携帯を取って、松田さんだよと教えてくれる。そんな予感がした。今日の私は見聞色の覇気が使えるみたい。
「——出なくて、いいの?」
「そうだね、……遺言残さないと」
名探偵が通話ボタンを押して、私の耳にそれを押し当てる。聞こえてきた声は、とにかく慌てた大好きな人の声だ。ああ、また心配をかけてる。
『おい、アンタ無事なのかよ』
「今のところは大丈夫」
『今のところはって、「時間がないので、もう切らなきゃ」
『はあ?、どういうことだ』
「向かってくれてるんでしょ?着いたら、白鳥さんにでも教えてもらって」
今頃、下から私たちを双眼鏡で見ているはずだ。
「——陣平さん、早く会いたい」
ブチッ
大きく、息を吐く。見晴らし良好。私は腰に隠した例のものに触れて、存在を確認。あとは、もう、なるようになれ。
「行くよ、名探偵。死んだらごめん」
「大丈夫。——大丈夫だよ」
名探偵の笑顔を見て、私は、強く、前に踏み込んだ。
その時、体で感じた高さ、風の強さ。何も忘れることなんてできない。蘭ちゃんより重いであろう、私の体をこの陳腐なホースが支えられるのか。そんな不安も吹き飛ばして、私は飛んだ。陣平さんに見られたら、絶対に怒られただろう。でも、会いたいよ、早く来て。
「名探偵、私が窓にヒビ入れるから、靴の準備」
「ヒビって、どうやって……」
「行くよ!!」
やっぱりスーパーハンマー最高だ。