大地に足を下ろした。あんまり感覚がない。立っているのか、浮いているのか。そもそも私は生きているのか。実感が湧かないのだ。
「ちょっと貴方何してっ、……」
「ご、ごめんなさい」
佐藤さん。美人が怒ると迫力があるというのは本当だった。すみませんと謝って、あと300回くらいは謝ろうと思ったら、グイッと腕を引かれた。
「俺の連れだ」
「ちょっと松田くん!」
「悪いな、先行ってくれ」
72番のゴンドラから降り立った彼は、私の腕を引き、階段を慣れた足取りで降りてゆく。私はもう、フワフワして地に足がつかない。縺れて、今にも転びそうなのに。
「──」
野次馬から少し離れた場所。松田さんは足を止めて私と向き直る。これからの私の未来を考える。怒られる、殴られる、呆れられる。どれもありえそうで怖いな。迷惑をかけた。一歩間違えれば、何百という人を危険に晒すことをしたから。それでも、私は、彼を救いたかった。誰かのために死を選ぶなら、私のために生きる道を選んでほしかった。なんてたって、私は、彼が守るべきその他大勢。一般人の一人なのだ。
「……救われたな」
「へ」
「お互いに。いや、アンタにか?」
松田さんは、深く息を吐いて、私の肩に顔を埋めた。イケメンがやるあれだ。背中に回った腕が少しだけ。意識しないと気づかないほど少し、わずかに震えている。彼もこうして恐怖や安堵を感じるのかと思うと、愛おしさが溢れ出す。松田さんの腕は暖かくて優しい。彼は、ちゃあんと生きている。それだけで、涙が出そうなほど幸せだ。
「けがしてんじゃねーか」
彼の手が、私の頬に触れる。赤く染まる指先。いろんなことがありすぎて、痛みをじっくりと感じる機会がなかったが、これは先の爆発で頬をかすめたアレである。違いない。「大丈夫です」あなたが生きているなら、何も。
会議室のドアがガチャリと開く。ひょっこりと顔を見せたのは萩原さんだった。今日は解体するかどうかという瀬戸際で、松田さんのところに電話があった。その電話によって私たちは無事に地球の偉大なる大地を踏みしめている訳だけど。米花中央病院の爆弾処理に行ったのが萩原さんだったそうだ。松田さんに教えてもらった。
「事情聴取はもう済んだ?」
「ついさっき」
お疲れさん。萩原さんは、そう言って、私の前の椅子を引いた。「本当は怒りに来たんだけどな。そんな気も失せちまった」萩原さんが渡してくれた缶コーヒー。もう少ししたら刑事さんが家まで送ってくれるらしい。キツイお叱りは厳つい顔の刑事さんたちからたっぷりともらったので、勘弁してくれてありがたい。私は相当参った顔をしていたのかな。あらいやだ。
「聞きたいことは山ほどある、でも聞かない」
「……いいんですか」
「さっき特殊犯係の奴等に散々聞かれたろ?――それに、名前ちゃんも言いたくなさそうだ」
聞かれたとして、私に答えられることは何もない。爆弾のある場所を知っていて、いつ爆発するかも分かっていて、どんな奴が犯人かも分かっている。萩原さんと、松田さんが死ぬはずだったことも知っている。だから、言えることは何もない。萩原さんの優しさちょっぴり痛い。
「こんなこと俺が言ったら警官失格なんだろうけど、きょう、名前ちゃんがいてくれてよかったと思ってる」
そうでなきゃ、アイツ絶対死んでたからさ。
「ふたりとも、無事で良かった」
笑って、頬の傷の痛みがじんわりと広がるのを感じた。
「私も、そう思います」
痛いのは、生きている証拠だ。
pipipi「もしもし」
『名前?ちゃんと電話したけど、あれ何だったの?警察の人、大慌てだったよ~超怖かった!』
「うん、ごめんね。助かったよ」
『もう~~なんかあるなら教えてよね』
「はーい」
『今度、お店行くね』
「ありがとう、待ってる」