第弐話、見知らぬ天井。アニメ違い。
目がパッチリ覚めた。動かせる範囲で首を捻る。とりあえず頭には包帯。腕と足にも包帯。ベッドの上、ナースコール。ああ、病院か。とりあえず痛くない方(相対比較)の腕でナースコールを押す。少しだけ目を閉じると、…色々思い出した。萩原を助けようと馬鹿やった。無茶苦茶した。空の上で大爆発させたけど、下にいた人は無事だったろうか。というか、萩原は最終的に私を庇ったけど生きてるのだろうか。これで死んでたら目覚めが悪いなんてもんじゃないな。無駄足どころか私のせいじゃん。おおふ。気安く原作改変なんてするもんじゃない。どうしよう、自責の念。
頭を抱えようとしたところで、腕が上がらないことに気づき、痛いなあと思ったところでナースとお医者が来た。調子はどうですか、って良いわけない。
詳しい検査は後ほどするが、今のところ脳波に異常は見られない。壁に激突したときに腕を折ったのと、爆風で叩きつけられた衝撃で足の骨にヒビが入っているが、概ね良好らしい。当社比で言うと全く良好ではないのだが、あの爆弾事件でこれしきの怪我で済んだのは奇跡だと言われた。さいですか。恐ろしい町。
医者と入れ違いに入ってきたのは、スーツの男の人。どう見ても刑事さんだ。私の体の様子を見て、簡単に事情聴取を、と言われた。同意しなかったら捕まるからやるけどさあ。あんまり聞かないでほしいことばかりだ。
「まず、どうしてあのフロアに?」
ほらあ。
一週間の検査入院を言い渡された。結果を見て、その後のことは決めるらしい。私としては開店が遅れるだけなので、そこまで問題は無い。お金も警察持ちらしい。困るのは事情聴取だけなんだが、これもまあ。大切なものを忘れたから取りに戻ったら信じられない腹痛でトイレに閉じこもって出られなかったと、ありえないけど真相を突き止められない嘘をついた。ハンマーで窓を壊したのはその場の機転。あんまり覚えてないんですよね、と苦笑いしたら気を使ってくれたのか根掘り葉掘りは聞かれない。コナンの世界って『あゝ無情』な感じかと思っていたけど、あの人も人の子らしい。それで詳しいことは体が回復してから、ということでお開きに。ご苦労様でした、と在り来りなことを言って見送った。
コンコン
「はーい」
暇を持て余して、手のひらの上で転がして遊んでいた頃。珍しく来訪者。友達の少ない私であるので、当然ユメ以外に見舞いに来る人はいない。父母に爆発に巻き込まれたと言ったら、あら大変。で終わった。米花町怖すぎた。
ガラガラと扉が開き、現れたその人に私はなんの反応も示さなかった。見ていた週間マンデーをそっ閉じする以外は。本物の松田くんが現れた。あれ、第三関門発生?
「邪魔するぜ」
だめ。と、言いたかった切実に。
ベッド脇の丸椅子を引き出すと、それに腰掛ける。手に持っていた花とフルーツバスケットをサイドテーブルに置くことも忘れずに。イケメンが眩しい。そのサングラスはむしろ私が付けるべきだ。
私はすぐさま取るべき反応をデータベースで検索し、ヒットした。少し戸惑う。だって初対面だしね!えっと、誰ですか?みたいな顔をすると手帳を見せてくれた。意外と丁寧。
「爆処の松田、萩原の同僚だ」
「萩原、」
「あんたと吹っ飛んだ男だよ」
えっ、吹っ飛んだの?生きてないの?やっぱり原作の修正力に負けたの?
「萩原さんは、今──」
「喫煙所」
もういっそ燃えろ。大体あの時も、爆発物の近くで一服なんて。引火して爆破~とかなったら救いようないぞ。コナンで、そんなアホみたいな死に方しないと思うけど、念には念をだ。私が原作に関わったことで歯車が噛み合わなくなる。そのしわ寄せはいつか来る。覚悟の上、とはまだ言えないけど。私とて無責任に助けた訳じゃあないのだ。
ふう、と小さくため息を吐き出した。とりあえず助けられたみたい。救済なんて大それたことをするつもりはなかったが、結果オーライ。ひとりでも死なないのならそれに越したことはない。松田くん改め松田さんは、礼を言いに来たと言った。萩原が助かったのは私のおかげだ、と。照れくさいけれど、そんなことないですと謙遜しつつ甘受した。だって声が良い。
「ありがとう」
うん、と頷き。ぐっと目の下に力を入れる。なんだか涙が出そうなのだ。萩原生きてるんだと思うと、生きて、松田くんが辛い目に遭ってないんだと思うと、嬉しくて。「もういいんですよ」だって彼は。
「こんにちは、お邪魔します」
ガラガラとドアが開き、覗いた彼は人懐こい笑みを浮かべた。病衣で、私と同じ包帯ぐるぐる巻きで、それでも生きて、歩いてる。
生きてた───
ブハッとダムが決壊し、オロオロ泣き出す私と、それを見てオロオロ慌てる萩原さんを、松田さんが声を上げて笑った。