私は頭の中で頭を抱えた。

これ、萩原死ぬ話じゃん。コナンの世界に生まれたとわかったは良いものの、今が原作のどこなのかまでを知る術はなく。それならそれで、私の与り知らぬところで勝手にやってくれてたら一番良いなと思っていた。しかし、今が萩原死ぬ話だとする。あれは原作の回想の中の回想だから相当前のはずだ。となると、原作開始は当分先になる。絶望は続くよ、どこまでも。違う。

違った。今、私の知る限りだと、ここで彼の命は吹き飛ぶはずだ。慢心とか油断とか、主に油断で。私と同じ。そしてその結末を知っているのは私一人。みんなが思っている、萩原が爆弾を解体してチャンチャン、めでたし~ってなると思っている。そうはならないのに。

名前?」

ユメが心配そうに私の顔を覗き込む。これは私の人生において、最も悩ましいことだ。助けられるかもしれない。失われるはずの命を。しかし、引き換えに私の命も相当な危険に晒される。死ぬかもしれない。一般人が出しゃばって爆発に巻き込まれて死にました~なんて笑い話にもならない。また神様に叱れられること請負である。でも、――

「ね、ユメ」
「ん?」
「助けられるかもしれない命が目の前にあったらどうすればいい?」
かもしれない、だ。絶対ではない。
「助けに行くんじゃない?」

ユメはあっけらかんと笑った。その笑顔が大好きだ。私の背中を押してくれる。間違わない。正しい彼女だからこそ、友達としてここまで来れた。

「じゃあ、ちょっと忘れ物!」
「ちょっ、名前?!」

人波をかき分けて進む。警察官に見つかったら流石にまずいので避難経路とは反対側の非常階段に回った。途中見つかりそうになったけど、開けっ放しの部屋に隠れつつ回避。みんな爆弾処理に大慌てなので小娘一人には気が回るまい。しかし、ここで第一関門発生。5~6階ならまだしも、こんな上の階まで階段とか無理ゲーだった。もう10年くらい真面目に運動なんてしてなかった。おおふ。ゼエゼエ言いつつ死の形相で階段を上った。触れてくれるな。20階。奥の方に人だかりが見える。この階で間違いなさそうだ。こんな上層階に爆弾設置した犯人まじ許すまじ。

忍者顔負けの動きで機動隊の目をすり抜け、爆弾が設置されているホールに一番近い部屋に飛び込んだ。とりあえず。さて、どうする。

ここにて第二関門発生。テッテッテレッテー。
爆弾が爆発するという事実とおおよその時間は分かるものの、私は解体や遠隔操作を止めるウンタラカンタラの知識はまるで無い。つまり、爆破を阻止する手立てがないのである。それでなんで上まで来たのかと言われれば、もう勢としか言えない。だって、転生モノなら補正とか特殊能力とかあってもいいかなって。神様のちょっとばかし期待したが無理そう。音沙汰なし。薄情者。さて、冷静に。どうする。

見知らぬ人の部屋の玄関でウンウン頭を抱えていると、pipipiと不似合いな音が聞こえた。まさかと思えば、萩原のイケヴォが「マツダ」と呼んだ。待って、もうそんな時間ですか。

 何のアイデアもまだ、…!

目についた高そうな大理石の置物。玄関に無造作に置かれたハンマー。これ、CMで見たやつ。
「あんな暑苦しいもん着てられっか」
馬鹿野郎!私は今、松田くんと同じタイミングで叫んだ。何で防護服着てないんだよ。油断は敵だろ。小学生だって知ってるよ。ああ、もう時間がない!!!

 バン!

「おっ、いいね。そういうお誘いとあらば…は?」
「忘れ物!しちゃいました」誰かさんの命を、ね。

私が玄関のドアを開けた音で全員が振り返る。こっち見てる場合か!私はホールの窓に走って、勢いよくガラスにハンマーを打ち立てた。車のフロントガラスも割れる優れもの。緊急時に脱出用に、と最近防災意識の高まりと同時にばか売れしてるやつだ。家主も自動車に備えるつもりだったんだろうが、今がまさしく緊急時なので勝手に開封した。機動隊の皆々様が呆気に取られてるうちにガラスにヒビが入った。すご~い。ちょっと離れたところから、大理石の置き物を投げつける。

 バリンっ!
「おい、何して……タイマーが、」
「起動します爆発します」

死にたくないし、死なせたくもないので。萩原の逃げろの声で全員が駆け出す。私はホールの中央に鎮座するそいつとご対面。落ち着いていた。あと、6秒。

「君も早く、」

間に合うわけないでしょうが。あれ、ここワンフロアぶっ飛ばす威力だもん。

「おりゃ」

火事場の馬鹿力とは、まさにこのことである。水銀レバーなんて知ったこっちゃ。爆弾を持ち上げて、窓から投げた。「おい!」爆弾が自分で思ったよりも遠くに飛んでいく。これはソフトボール投げの自己記録を上回ったのではないかと推測した。萩原が私の方に飛んでくる。嘘、ナニコレ珍百景。違う。本当になに!

 ドヴァーン!!!
萩原の体が私を庇うように抱え込むと同時に、爆発音。鼓膜は多分逝かれた。