台風のように夏休みが過ぎてゆく。夏休みなどとうに忘れた大人の集まる居酒屋で、必死にビールを運んでいた。今日は20名の団体に加えて、流川を贔屓にしていたおばちゃんたちの集まりが重なった。あらあの可愛いこいなくなったちゃったの、って。すいませんって笑いながら、謝ることじゃないなと思った。頭で処理するより先に謝罪が飛び出すのは、悲しき日本人の性である。
「疲れましたぁ」
「わたしだってぇ」
もう一歩も動く気にならない。すずちゃんの若さが恨めしい。口では疲れましたと言いながら、片付けの手は全く止まらない上に、化粧まで直す周到さである。わたしも見習わねばなるまい。そう思いながらも、化粧を直す気に全くならないのは、これいかに。
「じゃあ、お先に失礼しますね」
お疲れ様~と手を振って、ようやく重い腰をあげる。ちゃっちゃと帰って、熱いシャワーを浴びて、明日は死んだように眠ってやる。昼まで布団から出るものか。そうと決まれば最後の力を振り絞って「先輩!」「ん、忘れ物?」
「今度こそ素直になってください、先輩の忘れ物です」
「は?」
再びドーンと閉められた扉。すずちゃんってやっぱりちょっと変わってるんじゃないだろうか。
ギギギと音を立て、カツンカツンと音を立て、階段を降りる。
雨は降ってないなと安心。ギコギコ肩を鳴らしながら顔を上げると、ぬらりと立ち上がった影に、驚きのあまり声を失った。
「やっときた」
それはこっちのセリフだよ、とか、いつから居たんだとか、いやそもそもいつ帰ってくるんだとか、ぶつけなきゃ気のすまないことが山のようにある。素直さ、忘れ物。すずちゃん、言っている意味わかったけど、もっと素直に言ってくれてもよかった。そうしたら、ちゃんと化粧直したのに。ボサボサの髪だって直したし。すずちゃんみたいとは、恐れ多くても、せめて今よりはマシな姿で彼に会うことができた。きったない顔と、ヨレヨレの服。こんな格好見られたくなかったなあ。ああ、でも涙が出たから、化粧直しの意味なかったか。
「……なんで泣くんすか」
「ばっかやろう」
全部全部、この夏のことは全部お前のせいだ。