ラビットホール。日本語に訳すとうさぎの穴。つまりは、不思議の国のアリスで、白うさぎを追いかけてアリスが飛び込むあの穴のことらしい。アリス・イン・ワンダーランドの翻訳では、あの穴のことを〈ウサギ穴〉と呼んでいることを知ってるのは、この街で私とこの店の店長くらいだろう、間違いなく。そんなことはさておき、不思議の国のアリスはイギリスの数学者が知り合いの子供のために即興で作った話を後々出版したものなのだ。あんなに面白くて個性豊かなお話を一瞬で作れるなんて、数学者ってすごい。そして、そんなこともさておき。どうでもいいことばかり話したくなるのは、私が今、お酒を飲んでいるからだ。ラビットホールなんてふざけた名前の居酒屋で。
「いやあ、神って凄いんだね」
「やっと分かったの?」
「アハハ」
私の目の前で、三岳をロックで豪快に煽る後輩、名を神宗一郎という。彼との馴れ初め、今に至る話は前述の通り。前回会った時に流川の試合見たんなら俺のも来てよ、と何だか断りづらい誘い文句で試合と日時を言われた。仕方なく、ではなく、バスケットにほんのちょっぴり欠片ほどの興味が沸いた私はひとりで見に行って、そして冒頭のセリフへと繋がる。宗ちゃんはバスケットのすごい選手だということは、中学時代から周知の事実ではあるが、何分興味のなかったもんだから、私はこの前初めて体感したのだ。スリーポイントシュートをスパスパ決める彼には驚かされた。隣のおじさんが楽しげにゴッドハンド!なんて叫んでいて、上手いこと言うなあとうんうん頷いて不審がられるくらいに、私は彼を見直したのだ。いつもは小憎たらしい笑顔で私をちょっと見下してくるようなやつなのに。
「そういえば、流川も」
「ん?」
「1年なのにベスト5だよ、流石だね」
「なにそれ」
全選手の中でベストな5人のうちに流川は入ってるらしい。すっげえ。そんなすごいやつが私を好きだなんだなんて、気の迷いとはいえすごいことだ。
「流川とは仲良いの?」
「告られた」
「は?」
宗ちゃんは、クリクリの目をさらに丸くさせ、危うく手に持ってたグラスを落としかけた。「本当だよ」「そんなくだらない嘘つくとは思ってない」わあ、嬉しい。
へえあいつが。名前さんを。へえ。
宗ちゃんは、またもなにやら楽しそうに笑って、ごくごく芋焼酎を飲んでる。ゆっくりちびちび飲みなさいよ。安くはないのだ。そして今日は私持ちの日だ。だから一旦水を飲めって。
「は?」