「名前ちゃーん、まかないお願いしていいかな」
間延びした店長の声に、はぁいと返した頃には最後のお客さんが立ち上がったところだった。余った食べ物を使ってまかないを作るのは、主に店長の仕事。たまに私も任される。今日みたいに暇だった日は、まかない作りよりも片付けを先に済ませてしまいたいのだろう。テーブルの片付けは、流川に任せ、私は裏に引っ込んだ。残りは白飯たくさんとお肉少々と、シーフードミックスの消費期限は今日までだ。冷凍うどんは、昨日まで。なかなか杜撰な管理体制であることは置いておく。「皿うどんでも作るかあ」若干1名、1時間ほど前から腹の虫を豪快に鳴らせてたやついたし。暇な日は暇な日で、それなりに疲れるものだ。
シーフードミックスを水で解凍して、すぐにフライパンに突っ込むと盛大に油が跳ねる。分かっているのに毎度コレでアチッとやってる私は馬鹿なのかもしれないし、横着なのかもしれない。多分後者だ。
「……お疲れさま……っす」
「おお、おつかれー」
大きな身体をよたよたさせながら、大層お疲れそうな流川が戻って来た。
「皿うどん食べる?」
「(コクリ)」
着替えておいでーと言うと、流川はもう一度頷いてロッカーに行った。それを見ていた店長が餌付け?と笑う。似たようなものです。
「片付け終わらせちゃうから、残しといてよ」
「承知」
「はいどうぞ」
お疲れ様。大皿に盛った海鮮皿うどん。どこぞの相撲部屋を思わせる豪快料理になったけれど、店にある皿がそんなのしかないのだ。決して私のセンスじゃあない。流川は割り箸を器用に片手と歯を使って割ると、小さくいただきますと言った。育ちがいい子は好きだ。私はおにぎり作りを始めた。中身はお肉。実は下の棚に店長の紅ズワイガニフレーク(北海道限定商品)があるのも知ってる。それに手を出すのは正直迷いどころ。
「うまい」
私がおにぎりをぽんぽん作りながら悩んでいたら、知らぬ間に皿の半分以上が無くなってる。なんたる早業。私には男兄弟もいないし、父親は草臥れたオッサンなので、こんなにガツガツと飯を食べる男子の存在に感動した。やっぱり人が美味いと言ってくれるのは嬉しい。
「おにぎりも。良かったらどうぞ」
流川は片手の箸で皿うどんをずるずるする。そして、それをゴックン飲み込んで今度は大きめのおにぎりをひとつ掴んだ。バクバク食う、とは流川のために生み出された言葉なのかもしれない。今までまかないを食べる機会がなかったから知らなかった。見事だ。スカッとする。
「うまい?」
「うまい」
「おにぎり、店長の分も残しといてね」
「む」
いや全部食べる気かよ。どんだけー
「可愛いかよ。……間違えた、可愛くないから許さないから。残してね」
流川は、(何故か)渋々と言った様子で手を休めた。かと思ったら、残りの皿うどんを一気に食べ終えた。呆気に取られた私。流川は、手伝うっすとラップと白米を手に取った。あの男がおにぎりを作っているところなんてレアなのでは?可愛さが爆発してる。
「三角にしてね」
流川は頷く。出来た、と見せられたのは明らかにゴツゴツしていた。店長にはおにぎり3つ。十分でしょう。立ち上がった流川に、お疲れ様と言うと、流川はひとこと——美味かった、と。
「ありがとう」
「また食いたい」
「うん」
こんなことで絆される私はチョロい。百も承知。流川にバイバイと手を振って、いびつな三角形に手を伸ばした。