クロロ=ルシルフル

「……はじめて、手をにぎってくれましたね」彼の雪のように冷えた手。何度も夢見たそれに触れることが叶ったのは、私の命がゆらゆらと強く揺らめいて、今にも消えてしまうという時だった。彼は惚けた顔で「そうだったか?」と柔らかく微笑む。今までの償いをそれ一つで済ますように、ぎゅっと手を握り直した。ひどい人だった。最期の最期まで私に吐いた嘘を貫いた。そしてその嘘が私の息の根を止めることも厭わなかった。彼にとって私は便利な手駒の一つでしかなく、しかしそれを決して悟らせようとはしない。私がどれだけ愚かしく踠き苦しみ、彼を愛しても、何もかもが無意味だった。解っていた。気付いていた。それでも彼の冷え切った手に焦がれてしまった。今、人生の末路で私に残ったものは後悔でも悲しみでもなく虚無感だけ。「クロロ、私が貴方を愛していたと気付いていたでしょう?」彼の人生の引っ掻き傷にもなれないまま死んでしまう。それだけが心残りと言えば心残りだ。「ああ」返事を濁してばかりの大悪党。ねえ、どうして最期の瞬間までも愛しいの。

杉元佐一

名前ちゃんは俺が守るから、俺より長生きしてよ』初めてそれを聞いたとき、"不死身"と呼ばれるこの人が私より先に死ぬなんてまるで想像できないと思った。でも彼があんまり切実そうな顔でそう言うものだから、私は嘘でも安心させなくちゃと必死になって、分かったと頷いたのだ。それがどうだろう。やっぱり無理だったや。生きた時間は短いけれど、自分が今にも死んでしまうことだけはぼんやりと理解することができた。私の体を担ぎあげた杉元さんは泣きそうな顔で、ダメだダメだと叫んでる。この人はこうして何人と別れてきたんだろう。「まだ生きててね」 血だらけの手で彼の顔の傷に触れる。私も彼に刻まれる傷のひとつになりたい。まだ彼の命が取られて仕舞わないように。

降谷零

何がいけなかったんだろう。考えても考えても答えは出ない。いいや、今となっては自分の頭が私の思う通りに、ちゃんと考えられているのかも怪しい。圧倒的に血が足りていないのだ。ゴポゴポ、温泉のように血が溢れてくる。とうとうそれが彼の靴を濡らす。高そうな革靴が血で染って、どうしようもないが申し訳ない気持ちだ。「ごめんね」「それは何に対しての謝罪ですか」「かっこいいくつ、よごしちゃったこと」 私の残したお金でよければあげるよ。格好いい靴を買いなよ。「そんなことに謝罪は求めていませんよ」「でもおこってる」「ええ、怒ってます。何故怒ってるか考えてください」「わかんないよお」 もう死んじゃうし。今にもあの世に行ってしまいそうなのに。「死んでも、考えてくださいよ」

赤井秀一

どんな風に死ねばあの人は納得してくれるのだろうか。頭を捻ったところで、この空虚な脳みそから上手い解答が出てくる訳もない。血の止まらない脇腹に手を当てて、もう片方の手で口元を拭った。こんな口紅は御免である。溜まった血を吐き出して、足にもう一度力を入れれば血管が切れそうだ。「おい、名前っ!」遠くからあの人の声。珍しく慌てているな。ああ、青くなった顔が見たかった。私の方が多分青白い死体みたいな顔になっているけど。近寄ろうとするその人を手で制し、大丈夫だと合図する。力は借りない。最期くらい格好付けさせて。好きだった。あの人のことが好きだった。あの翡翠の瞳に映るのが私ではなくても好きだった。だから、こんな時でさえ、どんな風に死ねばあの人の記憶に留まれるかと思ってる。

シャンクス

マストに寄りかかって、大好きな海の匂いを感じていた。目はもう薄ぼんやりとしか見えない。でも鼻と耳だけは辛うじてくっ付いて機能していた。今私の目の前でしゃがみ込む、この人以外船にいなかったのが幸いだ。私のこんな姿を見たら、きっと心を痛めてしまう。優しい人たちに私はとても大事にされていたから。濁る視界には青、それと赤。私をみている頭の顔が見れないのだけ、悔しいや。「おかしらァ」暗くなっていく視界、遠ざかっていく海の匂い。彼の返事も聞こえない。「すいませんさきいきます」ぐしゃりと髪を撫でる大きな手。まだ私は生きてる。「まあ、気長に待ってろ」聞こえた。最後にひとつ。へへっと笑って横にバッタンと倒れる。もう何も見えない聞こえない感じない。

エース

浮かんでは溢れる、彼の涙に手を伸ばせば、彼はきっと離してくれないだろうと分かってた。「行くなよ」「もうそれ聞き飽きたよ」時計の針は、確実に別れのときを刻んでいる。あと数秒、あと数分。私が彼の顔を目に焼き付けておける時間と、私の生きる時間はそう多くない。「私は行くよ」例え世界で一番愛しい愛しい彼に、この腕をもがれて止められようと、私は行かなくちゃ。守りたいものが、あるんだ。分かるだろう、この気持ち。命に代えて護りたいものがある、それほど大切な人たちに出逢えた奇跡に私は感謝してる。「エース」大好きだ。君の笑顔、私のために流れるその涙のひとつぶまで。「命は大事にするんだぞ」「アンタにだけは、言われたくねぇよ」それもそうだ。

ユースタス=キッド

ゴフリ。咳をしたら血が口から吹き出た。それがまた喉に詰まって咳をする、もうずっとその繰り返し。口周りが真っ赤で、目からも鼻からも血が出て、今すごく汚いだろうなあと思った。ゴフリ、また血がわき出る。海に手を突っ込んで布を濡らしたキッドは、それで乱暴に私の顔を拭った。苦手な海に触れなくてはいけないと思うほど、私は汚かったんだと思う。「キッド、キッド……キッド」狂ったように名前を呼ぶ。黙ってろ、とぶっきらぼうに返す彼を愛していた。「うまれかわったら、こんどは最後までつれていってね」その時は、もっと上手く生きてみせるから。「マジで黙ってろ」ラフテル、そこに何があるのか。とりあえず貴方が見て来て。

尾形百之助

可哀想だとも哀れだとも思わないで欲しい。同情なんて私はちっとも欲しくない。それよりも、そう、例えば今あなたが着ているような暖かそうな外套を、あと、ほんのすこしの間だけ貸してくれた方がずっとずっと嬉しい。だって、もう、わたしには、そんなたくさん時間はない。だから、今のこの少しばかりの寒さをしのげればもう何もいらないのだ。だから、お願い。もういちどふりかえって。わたしを見て。出来ることなら、その腕に抱いて、わたしをその外套の中に包み込んでほしい。ダメかなあ、だめか。「血がつく」握った外套の裾さえ払われて、冷たいなあと思うから、やっぱり温もりばかり求めてる。「安心しろ」なにが?「お前の皮は俺が綺麗に剥いでやる」わあ、それはうれしい。なんて、さいごにいうことばはそれですか

ロー

最後の口づけは永く深くて、私はもう自分の心臓が止まったんじゃないかと思った。でもゆっくりと鼻から肺に向かって流れ込んでくる僅かな空気がそれを否定する。薄ら目を開ければトレードマークの帽子のないローさんがいて最期に得した気分になった。帽子がない姿は特別みたいで好き。そう話したのはいつだったっけね。「死ぬんだな」淡々と、でも少しだけ熱の篭った声がする。へへと笑えば彼は眉間に深く皺を寄せた。イケメンが台無しだなあ全くもう。「俺は、……救えないんだな」貴方は医者だ。でもどれだけ優れた医者にだって救えない命はある。だから貴方は救えるものだけに目を向けていればそれでいいんだ。

クロコダイル

脱獄した彼に着いていくと決めたとき、こういう事態が来るかもしれないという覚悟は出来ていた。だから私はちっとも怖くない。「じゃあ私が行きます」前は海兵、後ろは海。私がここで時間を稼げば社長とダズさんは余裕で逃げ切れると私の計算結果が示している。「なっ、……お前、」「いいですよね? 社長」社長は合理的な人だからここで自身が戦うことの愚かさを知っているはずだ。そして私ひとりを切り捨てることがいかに有効かも。ダズさんは優し過ぎるんだ。だから負けちゃったんだよ。そういうところ、全然嫌いじゃないけどね。「もう社長じゃねぇ」「そんな細かいこといいじゃないですか」ダズさん、社長のことよろしくね。最期まで悲しそうな顔してくれてありがとうね。「では社長!さようなら!」剣を抜く。社長は舌打ちをしてマントを翻した。

サンジ

感覚の薄れてゆく足を引き摺りながら、私はもうサニー号には帰れないんだなと思った。出来ればあの綺麗な甲板の上でみんなの声を聞きながら死んでしまいたかったのだけど叶わないらしい。「サンジくん」彼が動かしていた長い足をピタリと止めて振り返った。口元には微笑と煙草。「なんだい、名前ちゃん」その煙草を不意に口から奪うと、彼は少しだけ驚いた顔をした。「……サンジくんの匂いだ」咥えてみれば、口から広がる香りが彼を強く思い出させる。サンジはちょっと笑っていた。「私トイレ行きたいから、先帰っててくれる?」「レディを置いて行ける訳ないだろう、待ってるよ」うん、優しい貴方はそう言うって知ってたよ。でも駄目なんだ、「ううん、恥ずかしいからダメ」すぐ行くよと言った。サンジくんは紳士なので渋々了承してくれた。「なんかあったらすぐおっきい声出すんだよ」「はぁい」もうね、そんな体力もないよ。でもね、私幸せだよ。サンジくんの背中が遠のいていくのを確認して、私はバタンと倒れた。傷は痛いし煙草は苦い。もう懲り懲りだ。でも勿体ないからこの煙草が無くなるまでは生きていようと思う。

ゾロ

「何故こんなことをした」ゾロは目の前で私が死にそうになっているのにいつもと同じ顔をしていた。眉間にちょっと皺寄せた怖い顔、出来れば止めて欲しい。「……人間、不意を突かれることも、あるよ?」例えばさっき、ゾロがひとり斬り倒した隙に脇から銃で狙われたみたいに。「んなの、俺ひとりで「どうにかできた?」ヒューヒューと、そろそろ息が出来なくなってきた。弾が肺に穴を開けたらしい。道理で苦しい訳だ。「わたしっ、……余計なことしたかな」ゾロは強く自分の膝を拳で叩いて、「クッソ」と悔しそうだった。何度も何度も、そんなに叩いたら痛いだろうに。「わたしはきみにひとりじゃ生きられないことをおしえたかっただけだよ」きみにはもう何度も命を救われた。こんなんじゃお返しにもならないけれど許しておくれ。さよなら大剣豪。