「またそれを見ているのか」

 今日の火の番は名前だった。何も考えずにいたところ、突然声がしたので、慌てて手に持っていた写真を地面に落とした。それを拾ったのは、声を発した尾形百之助である。飽きやしないのかと尾形が尋ねると、名前はそれをすかさず否定する。

 尾形と名前が共に撮った写真。折れないようにと手帳に挟んだ名前は、一人の時、それを見ていることが多かった。誰に言われずとも、尾形はそれに気付いていたし、不快な思いはない。寧ろいじらしさすら感じる。だからこうして、一時間前に寝たにも関わらず、起きてきて声を掛けた訳だが、拾った写真は思っていたそれとは違っていた。

「でもそれは手帳に入れていたもう一つの方です」

袴姿の名前と、軍服姿の男。特徴的な頭部の怪我はなかったが、直ぐに鶴見中尉だと分かった。名前の方も今より幼い顔立ちをしている。

「写真を撮ったのは初めてではなかったのか」
「ええ、あの人は新しいものが好きでしたから」

異国のかめらという機械に直ぐに興味を示し、名前の卒業祝いに託けて写真を撮らせた。鶴見は大喜びで、一枚を名前に渡してきたと言う。

「あの人に貰ったもので持ってきたのはその写真と、この外套くらいのものですけれど」

これは一等暖かいからと、名前は膝を抱えて微笑んだ。尾形は途端に、不愉快な気持ちになる。息を吐くと、白く変わった。見上げた空は、雲が厚く、星はおろか、月も見えなかった。なぜか、と問う。努めて気持ちを抑えたつもりが、その低い声は不機嫌を顕にしたもので、名前は内心驚いて、それでも嫌な気持ちはしない。案外心の狭い尾形は、きもちを言葉にできない不器用な山猫だ。

 戒めみたいなものだと、名前は語る。敬虔な基督教信者が、常に十字架を持ち歩くのと同じこと。勿論、そんな神聖なものでもなんでもないけれど。まだ必要かと、尾形は問う。名前は迷いなく、いいえと答えた。尾形はそれを、火の中に放つ。火に焼べても、己がちっとも邪悪な神から解放されないのは何故なのか。隣に腰を下ろした尾形の肩に頭を預けて考えたが、この雲が晴れても、答えは出そうにない。名前は欠伸を噛み殺して、汚れた外套の裾を握った。きっと、朝も救いもやっては来ない。