アシリパを心配するあまりに、悪い夢を見てしまったと言うフチに、写真を送るのはどうかと提案したのは杉元だった。北見に着いた一行は、写真屋の元に向かい、手頃な写真を何枚か撮ることにした。被写体になるのは勿論皆初めてであるし、牛山なんぞはやっぱり写真に映えるなあと、名前は他人事のように思う。アシリパと杉元が二人で映る綺麗な写真も撮れて、これはフチもアシリパも喜ぶだろう。
何故か一人だけ裸で、おかしな格好をさせられる谷垣を笑っていると、アシリパが、尾形の外套の裾を引いた。尾形たちは撮らないのか、と。確かに、他は皆撮り終えて、かめらという異国の道具に興味を示したり、早速石川啄木を連れて宿に遊びに行ったりと、それぞれ次の行動に移っている。写真を撮っていないのは尾形と名前だけだった。
撮らんと、尾形が一言。アシリパが理由を問うと、「まだ魂取られたくないからな」と、なかなか迷信深いようなことを言うので、名前はくすりと笑った。尾形の言葉に、アシリパは首を傾げる。杉元が、写真機には魔力が宿っていて、映ると魂を取られるっていう習わしがあるのだと教えた。名前は横で変わらず笑っている。案外、この人にも可愛いところがあるじゃあないか。名前はどうだ、と今度はアシリパが名前に訊ねる。名前も写真取りたくないのか、と、少女の真っ直ぐな瞳がこそばゆい。名前は少し思案して、尾形の方を見遣った。パチリとかち合った視線に、名前は目を細めて、尾形さんとの写真なら欲しいと答えた。アシリパはそれに満足してニンマリと笑い、杉元は苦虫を噛み潰したような顔で、だってよと、尾形を押しやる。面倒を起こすなという尾形の視線も、名前には心地よかった。
「…駄目、ですよね」
仮にも、尾形は脱走兵であるし、名前はその人質である。もう誰もそれを信じていないと仮定しても、万一の場合に、不利になるものは残しておくべきでない。分かってますよ、と言う名前の少々残念そうな微笑を見て、尾形は舌打ちをした。
「おい親父これで最後だ」
尾形は名前の手を引き、写真機の向こうへと進んでいく。写真屋の店主は、乱暴な物言いもさして気にしていないらしく、あいよと言ってかめらを構えた。不機嫌そうな顔の尾形に、名前は、大丈夫だと言った。
「私たちもう魂取られたみたいなもんです」
死んだも同然。名前の言葉に、尾形はそれもそうだと考える。軍人としての誇り、中尉の姪という立場。己を支えてきたものを、二人は同時に捨てて来た。
「無間地獄までお供しますから」
名前の笑顔に、尾形も少しだけ表情を緩めた。結婚写真のようだと、店主は思ってシャッターを切った。