夕張に着くとすぐに、尾形は列を離れてひとりどこかへ消えてしまった。どこへ行くんですと名前が問う。思わず掴んだ外套を引っ張ると、尾形は怠そうに足を止める。そんな煩わしそうな顔をしなくても。
「私も、一緒に行きます」
「いい」
名前は尚も、尾形の外套を離さない。尾形も無理に払う真似はしなかった。雪の中でお腹をずどんと、血がぼたぼた出ていたことをまさか忘れたとは言うまい。名前がそう言うも、尾形は改める気は無いらしく、指で土方等をさすと『お前はあの爺さん達と一緒にいろ』と言ったきりだった。
「怪我しちゃあ駄目ですよ」
ほんの気休めにしかならない名前の言葉を、尾形は鼻で笑うと、何処かへ消えてしまった。
「お嬢さん」
もはや聞き慣れたその名に応えて振り返った時、どのくらい自分がそこで立ち尽くしていたか、名前は知れなかった。永倉新八。至って普通の老人に見えるが、刀を持つと別人になるということを、名前は一度目の当たりにして知っていた。近づいてみると、何となく、他の人とは異なる殺気めいた雰囲気を感じ取ることが出来る。あの男はどうした、と永倉が問う。名前は首を横に振る。
「彼方の方に行ってしまいました」
名前がぼんやりと指差した方へ、土方と牛山が歩を進める。永倉は連れ立つ気は無いらしく、名前も尾形の言葉もあって、続くことはしなかった。「お嬢さんはあの男を好いているのかい」
永倉の言葉を、名前はゆっくりと咀嚼した。好いている──思い出すのは、連れ出してくれた時の大きな手、血で濡れた肌、私の頭を撫でる体温、娼宿から帰ってきたあとの、酷く無感情な微笑。そう言えばあの蕎麦屋から帰ってきたあと、尾形は暫く自分に近づかなかったなと名前は思った。それをほんのりと寂しく感じた自分のことも。
「私には、あの人しかいないだけです」
はっきりと告げた。自分が尾形に抱く感情は、街灯に集まる蛾と同じそれであって、惚れた腫れたなんて綺麗なものではないと名前は頭を振る。それが永倉には、己の迷いを無理に振り払うように見えたが、指摘はしなかった。このまだ若く美しい少女にも、あの男と同じほの暗い過去があるのだろう、と。
「永倉さんと土方さんは、どう思ってるんです」
「まあ腕の立つ用心棒くらいには思っているかね」