土方達と別れ、名前はホッと溜息をついた。その原因は言わずもがな、牛山である。土方と永倉だけが旅のお供かと思いきや、実は全身チ〇ポ野郎の呼び声高い牛山に、家永という美しい女のふりした爺さんまで仲間ときた。問題はその牛山で、名前を一目見た瞬間に手を取り、抱かせろと言ってみせたのだ。これには名前は驚き、尾形はやっぱりかと大きく息を吐いた。困ったように微笑んで、曖昧に断ろうと手を引くも、流石は不敗の柔道家、女の力では手を振り解ける筈もなかった。その日から毎日のように夜が来ると、抱かせろと迫られる日々。最早慣れてきてすらいたが、名前はひどく疲れていた。
そんな彼女の様子を慮ってか、情報収集という名目で、別行動を提案してくれたのは土方である。そういう訳で、いま二人は次なる目的地を求めて蕎麦屋でそばを啜っている。これは美味いと、名前はホクホク顔で、尾形は相変わらずの無表情だ。
「美味しいですね」
少し濃い味付けの汁が、冷えた身体の芯まで染み渡るようだった。尾形は、名前より先に食べ終えると口を拭き、近くにいた女に、刺青のことやら第七師団のこと、勿論直接的な言葉を使わずに、それとなく尋ねていく。だが返ってくるのは『さあねえ』と気のない返事ばかり。
「奥の娘達なら、何か知っているかもしれない」
そう言って仕事に戻ってしまう。名前は遅れて蕎麦を食べ終えると、奥の娘という言葉に暫し逡巡し、ああここは蕎麦屋かと思い出す。成程確かに、奥の娘達なら何か知っているかもしれないと尾形を見やるが、これと言って何の感情も読み取ることは出来なかった。
「殿方は、裸の女の前では素直ですからね」
あることないこと、余計なことまで喋るものでしょう。── 名前の皮肉じみた言い方に、尾形は眉間に皺を寄せる。が、否定する気はないらしい。
「まあな」
そう言って立ち上がると、尾形は机の上にじゃらじゃらと銭を置く。その分量から見るに、名前の分まで払ってくれたようだ。
「……お前はいいのか、」
迷ったように言葉を発する尾形を、名前は珍しいと思った。何を案じているのか言わなくては意味がない。
「一人でだってちゃあんと帰れますよ」
尾形はそういうことじゃあないと言いたかったし、名前もそういう意味で尾形が問うたのではないと知っていた。けれど言葉を噤んで、そして笑って、ひらりと片手を上げて、名前はまたあとでと、立ち上がった。取り繕うのは得意なはずだったが、ここのところはどうも上手くいかない。兎にも角にも、情報収拾は名前と尾形に課せられた任務だ。余計な問答は無用。要らないことを言う前に、名前は根城へと足早に引き上げる。尾形は短い舌打ちを零すと、ゆっくりと奥の部屋に続く暖簾を潜った。