私は、確かにあの人に対して、殺意に似た感情を抱いていた。
あの人の弟である私の父は、軍の中で階級こそあの人に及ばなかったものの、人望が有り、皆から慕われていた。休日になるとよく私の家には、軍内で親しくしている人達が遊びに来て、飲み食いを楽しんでいたことを、今でも記憶している。母は第四師団の大佐の娘で、とても美しい人だった。人柄も良く将来性のある父と、家柄も見た目も申し分無い母。聞けば、婚約を勧めたのは私の祖父だったという。
あの人に、当時婚約の話があったのかは知らないが、あの人が生涯ただ一人愛したのは、私の母だったということは知っている。父と母が出逢う前から、あの人は大佐の娘である母を知っていたと言っていたから、きっと、もうずっと愛情を抱いていたのではないだろうか。それが自分の弟に取られ、私という子までもうけた。それを妬んだのか憎んだのか、はたまた、違う感情を覚えたのかは定かではない。ただ、清廉潔白の父に、造反の濡れ衣を着せ、父と母を自害にまで追い込んだのは、確実に悪意を持ってのことだろう。
『あれはそのようなことをする人間ではない、私はまだ信じているよ』
父と母の葬儀で、私にそう語ったあの人怖かった。きっとその時だろう、私があの人に対して、殺意を覚えたのは。本当に殺してやろうと思った。もし露見すれば、自分も死ぬ程の覚悟を持って。それが出来なかったのは、私の弱さだったとしか言えない。
『名前、これからは私が君の父親だ』
丸い頭を撫でて、額に小さく接吻して、私を愛してくれたのは、私が母によく似ていたからで、それ以下でもそれ以上でもなかった。
『君は、ひとりじゃない』
ひとりのほうがずっとマシだったと語るのは後のこと。愛してくれたあの人を、愛したふりした私が、不孝者と罵られるなら、それでも良かった。唯ずっと、人を怨んで憎むだけの人生とは、何と醜いのだろうと、思って泣いた。