「本当に行っちまうのかい、折角ここも落ち着くっていうのに」
散々被害を被った山本さんの言葉に、ゆるく首を振り、イチから二人で出直すんだと言って、千代子と男は町から出ていく。名前は、それを二階の窓から見ていたので、突然開けられた襖に驚いてバタバタと音を立ててしまった。開けたのは言わずもがな、尾形である。
「お、尾形さん」
「何してる」
「驚いただけです」
出来ればそこには振れてくれるなと、名前は立ち上がる。一時はどうなるかと思ったこの抗争だが、名前が目撃出来たのは、千代子がおじいちゃんと呼んだ老人が、馬の上で撃たれて、その後華麗な大立ち回りをするところだけである。無論、それを撃ったのが尾形だと気付いていた。
「迎えに、来てくれたんですね」
「言ったろ」
ぽつりと漏らした言葉に、珍しく返事があった。名前は嬉嬉として尾形の横に並び、ふたりで階段を下りていく。すると、理容室の中で待ち構えていたのは、先程の、あの老人ふたりだったので、名前はまたも驚いて、三歩後ずさることになった。
「これからはこの爺さん達と一緒だ」
へえと間抜けな声が出たが、自分は悪くないぞと尾形を睨む。なんでまた、知らない間にこんなことにと、名前は内心頭を抱えた。
「尾形には勿体の無い娘だな」
土方と名乗るその老人は、名前を見て言った。これが、かの有名な新選組というやつかと、名前は震える手で握手を交わす。聞けば、隣の女装老人も永倉新八――新選組の生き残りだと言う。
「こいつは人質だ」
尾形はそれだけ言うと、理髪店を出ていってしまう。それを見た老人たちの意味深な笑顔に、名前は、訳が分からないと首を傾げる。私もあと百年生きねばとは、彼女の言葉である。