※「神さまの言うとおり」if

※エース救済後if

「死んでも愛してる」

 大昔。私がまだ短いスカートをひらひらさせて高校に通っていたころの話。流行りの少女漫画、恋愛映画。永遠の愛を誓った二人が囁き合う決まりのセリフ。死んだって、ずっと愛してるって。なんなら幽霊になっても、相手のことを守ったりして。そういう大恋愛に、憧れがなかったと言ったら嘘になってしまう。でも、どんなに愛した人だって、死んだ後も愛し抜けるかと聞かれたら、素直にうんとは言えない。


「どうした、急に」
「シャンクスさんは、どう思いました?」

 この人のことを、愛しているかと聞かれたら、うんと頷ける。本当に、心の底から、この人のことがこの世で一番大切で、大好きだ、と。一生に一度の恋かと聞かれても、そうかもしれないと言える。でも、死んだあとも愛し続けるって、普通の感覚じゃ理解できなくて当たり前。

 私は、一回死んで、神さまの気まぐれでこの世界に生まれ変わった。だから、もし私が前世にシャンクスさんくらい大好きな人がいて、その人も向こうに置いて来てしまったとしたら、私は今もずっとその人のことを愛し続けて、『死んでも愛してる』を体現することができたかもしれない。でも、そんなことは普通じゃないし、今度この世界で死ぬときは、本当の本当に私が消えてなくなってしまうとき。当然のことなのに、そうしたらどうしたらいいんだろうって、またくだらないことで、頭を抱えてる。

「随分壮大な話だ」
「死んじゃったら、愛も死んじゃうんですかね」
「また難しいこと考えてるな」

 豪快に笑った彼が、右腕で私を引き寄せて。でも、この位置も、温もりも、彼の笑い声だって、死んでしまえば失ってしまうものだ。シャンクスさんが、心配するなと言った。私は、不安なのだろうか。寂しいんだろうか。悲しいんだろうか。それすら、今となっては分からない。死んでしまうことは怖いけど、それよりも恐ろしいことがあることも、死があっさりとやってくることも、私は、こう見えてなんだって知っているのだ。

「何が心配いらないんですか」
「全部だ」
「またそうやっていい加減なことばっかり」
「いい加減に言ってるわけじゃねえさ」

 彼の太い腕。腰に携えた剣はずっしり重く、一度触らせてもらったが、なんだか恐れ多くてすぐに離してしまった。

「死んだら愛も死ぬかは知らないが、俺は死んでも名前を守る」
「やめてください、そういうの…」
「はっはは お前は難儀な女だなァ」

 シャンクスさんが、笑うのは、それが叶ってしまう言葉だと知っているから。赤髪の女という立場が、彼の死くらいで揺らぐことがないのを、彼は知っているから。だから、大きな口を開けて笑い、皺の寄った眉間をなぞって遊んだりできる。

 彼は、彼の言葉を違えない。そういう人だ。


 白ひげ海賊団が近くにいるという話を聞き、真っ先に会いに行こうと言い出したのは、もちろんシャンクスさんだった。大きな酒樽を三つ持たせて、剣一本、左側に私とベックさんを立たせて、彼は港に停まった大きな船に手を挙げた。

「あ、赤髪……!?」
「宴だ、宴!」

 やれやれと、私が呆れて目を逸らしたら、ちょうどマルコさんと目が合って、それがまるっきり同じ表情をしていたもんで、笑ってしまった。シャンクスさんとの船路は、飽きることがない。

 大きな船だなあと、舳先まできて思う。頂上戦争の後、一度見たことはあったが、乗り込むのは初めてだ。レッドフォースももちろん大きいが、うちよりも所帯の大きな白ひげ組には敵わないし、これよりもさらに大きかったモビーディックはやはり偉大だ。

名前
「……エースくん」

 元気だった?と聞けば、彼はおうーと返して、私の横に並んだ。相変わらず上に何にも聞いてないけど、寒くないのだろうか。幾つになっても、心配は尽きない。ちなみに、私は長袖を着ている。

「なんかあったか?」
「へ」
「浮かねえ顔してる」

 彼が、私の両頬をつまんで、引っ張った。「ほら、挨拶」なかなか、これは私が一生抱える嘘か。なんと可愛らしい。

「そんなことないよ?」
「あのおっさんにいじめられてんのか」
「ふふ、全然。大事にしてもらってるよ」

 エースくんが、そーかいってつまんなそうな顔をして、久しぶりにそんな顔見たなって、ちょっと懐かしくなったりして。いつも正直でまっすぐな彼に、くだらない嘘やごまかしをするのは、どうにも恥ずかしい。

「死んだら愛は死んじゃうのかな、って」
「んだそれ」
「最近の考えごと」
「はあ?ンなの、ひとつだ」

 エースくんが、ぎゅっと握った拳。沈んでゆく夕日の陽を浴びる背中には、大きな誇りと傷跡。お腹にもくっきり残るそれは、私とお揃いだ。

「死ぬわけねぇだろ」

 宴もたけなわ。酔い潰された人、飲み続ける人。もう部屋に戻る人。散々とした甲板で、私はシャンクスさんに最後の一本を注ぎきったところだ。

「さっき、エースと話してただろう」
「あら、見られちゃってましたか」
「何話してたんだ」
「そりゃあ、久しぶりに積もる話がたくさんあるんです」

 酒を一口。シャンクスさんは、渋い顔。このひとの実年齢に伴わない心の若さは、この人の愛すべき美徳である。

「愛は死なないそうです」
「エースはそう言うだろうな」
「はい、私も同じことを思いました」

 エースくんが、死ぬわけないと言ったとき、確かに『やっぱり』と思ったし、それは彼自身が体現してくれているような気もした。彼はたくさんの人に愛されていて、きっと彼のお母さんも、お父さんも、あの海の王も、みんな死んでしまったとしても、きっと、あの愛が、エースくんの中には息づいているのだ。

「あんまりおじさんを焼かせないでくれよ、みっともないだろう」
「みっともなくはないですけど、妬くようなことでもないですよ」
「そんなわけにもいかねえさ」

 シャンクスさんが、笑う。私の髪を撫でる。海風がすり抜けて、少しだけ感じていた肌寒さは、お酒の熱で消え去ってゆく。

「あいつは、お前が死んでも守りたかった男なんだからな」

 シャンクスさんが言う通りだった。死よりも恐ろしかったのは、エースくんの未来がなくなってしまうことで、私はその未来一つのためにたくさんのものを見て見ぬ振りして、自分の命のことなど、考えてもいなかった。

「そう、ですね」
「それで、結局今はどう思ってるんだ」
「どうって、」
「俺たちの愛は、死んじまったら終わりか」

 シャンクスさんが、笑うのは、そのはずがないと知っているからだ。彼は、ちゃあんとわかっているから、だから、笑って、私に答えを催促する。愛の終わりが、この海のようにないことを、彼は知っているのだ。

「わからないけど、終わらなければいいと思います」
「そこは嘘でも『死んでも愛してる』って言ってくれよ」
「あなたに嘘はつきません」

 私も、私の言葉に違う人間にはなりたくない。せめて、彼の隣で恥ずかしくない生き方を。願わくば、死んでも愛を貫ける強さを。

言葉が武器なら愛に死ぬ