※「神さまの言うとおり」if

※ifエース落ち/白ひげさんも生きてる世界線

 手をとって、一緒に歩いて、潮風に吹かれて。当たり前のことは全部が愛おしい。

 エースくんの手をとって、一緒に生きようと言った。あっと驚いた顔で、ポロポロと小さな海をこぼす彼が世界で一番大好きだと思った。離さないと握られた手は、私のそれよりずっと大きく、わかっていたはずなのに、彼がこうして大きくなったことが、そしてこれからも大きくなってゆくことがどうしても嬉しくて、思わず私まで涙が出てくる。二人泣き笑いして手を取り合うのを、マルコさんが優しく笑っていた。

「……なに、緊張してんだよ」
「いや、だって」
「あの時の威勢はどこに行ったんだよい」
「マルコさん、意地悪言わないでください」

 しかし、穏やかな時間というのはそう長くは続かない。私は今、見上げるほどに大きな扉の前で、マルコさんとエースくんに挟まれている。逃げ場はない。

 船長さんたち、ハートの一行と別れ、とうとう白ひげ本船と合流した私は、そう、再び白ひげとの対面を迫られているのだ。

 いや、流石の私も、これからこの船でお世話になっていく上で、主の許可を得ないといけないとは思っていたけれど、どう言い訳をしたって、あの白ひげと会うとなると緊張してしまう。

「やっぱり後でじゃあ、「だーめに決まってんだろ」
「ほら行くよい」
「ヒッ」

 エースくんが重い扉を押しあける。傷には包帯が巻かれ、見るからに重症ではあるが、しかし威厳に満ちた海の王が、私を待っていた。

「よお、お嬢ちゃん」
「……こんにちは」
「親父、話があって来た」
「フン まあ座れ」

 さて、何を言えばいいだろうか。白ひげさんの前でちんまり座った私を、マルコさんがグフッと笑った。失礼なパイナップルだ。こう見えてちゃんとした人間だから、緊張もするし、不安にもなる。時々見せる思い切りの良さは本当に時々で、基本は普通の一般人なんだ、こっちは。

「今日は随分しおらしいじゃねえか」
「あの時とは状況が違うので……」
「グララララ そうかい」

 豪快な白ひげさんの笑い声の中、つい先日、頂上戦争の時の自分の失礼な言動を思い出し、頭を抱えたくなった。無断で船に乗り込み、挙句勝手に飛び出していった。とんだじゃじゃ馬である。恐ろしい。

「あ? 最近会ったことあったか?」
「まあ、いろいろありまして」
「なんだよ、色々って」
「ちょっと思い出したくない」

 私の言葉とほぼ同時に、マルコさんがブハッと吹き出す音がした。やっぱり失礼なパイナップルである。嘘、一番隊隊長である。

 最初に、要件はなんだと切り出したのは、白ひげさんの方だった。そうだった、と向き直ったのがエースくん。どういう話か、少しは聞いているのだろうが、自分の口で伝えてこその家族である。家族――そう、私はこの人たちと家族になるのだ。

名前を船に乗せたい」

 エースくんの真っ直ぐな言葉が、矢のように父の元へ飛んでゆく。その真っ直ぐさが、心底羨ましく、そして何より愛おしい。

「許可をくれ、親父」

 頭を下げた彼に習い、私も頭を下げる。グララと笑った白ひげさんは、頭を上げろと言った後で、静かに私を見た。

「まだ、お嬢ちゃんから望みを聞いてねえな」

 目が合う。吸い込まれそうな、海のように深い瞳。この人たちと生きてゆくのに、弱いままでいいはずがない。ぐっと下半身に力を込める。両手を床につき、勢いよく頭を下げた。

「私に、エースくんをください」

 数秒あって、マルコさんが「は?」と言った。御尤もだった。それから、エースくんが、バッと立ち上がり「はあああっ!?」と叫んだ。当然だった。

「グララララ こいつは良いな」
「な、……! 名前、お前、何言って、」
「とうとうエースも婿入りか」
「マルコ!」
「今日はめでてぇ日だ 宴の支度をさせろ」
「親父も!!」

 そっと頭をあげる。自分の失言には気づいたが、あながち嘘でもないので良しとした。私はエースくんと一緒に生きると言った。それがこの船で、家族と共にであるなら、それを受け入れる。この偉大な王を父と呼び、少々失礼な不死鳥を兄と慕おう。それは、全部エースくんと一緒に生きるためで、私の中で、それ以上でもそれ以下でもない。

「相変わらず思い切りのいいお嬢ちゃんだ」
「光栄ですね」

 どんちゃんと騒ぎ出す、扉の向こう側をBGMに、私と白ひげさんは微笑みを交わした。

「一度、二人にしてくれねえか」

 困り顔のエースくんに、後でねと手を振って、私は二人残された部屋の中で、白ひげさんと向き直った。

 頂上戦争の前、エースくんを助けたいと言った。なぜエースにこだわり、危険を犯して進んでゆくのか問われた時に、私が行かないと変わらない未来だと言った。現に、私もエースくんも、もちろん白ひげさんだって死線を彷徨った訳だが、結果、やはり未来は変わった。否、私が変えてしまったと言うのが正しい。

「えっと……不束者ですが、よろしくお願いします。力はないけど、料理ができます。あと家事も一通りできるので、お荷物にならないように、頑張るので……」

 沈黙を破って、ぺこり頭を下げる。白ひげさんがどっぷりと息を吐く。

「自分の娘を荷物だと言う親がどこにいる」

 目が合うと、楽しそうな顔をした彼がいて、私は安心して大きく息を吸った。この部屋に入って、ようやく息ができたような気さえする。

 今日から、私も家族。この白ひげ海賊団が、私の家族。神様も、天国のお父さんもお母さんも驚いているかもな。やきもちは焼かないでね、あとあとが面倒だから。あ、レイリーさんにも手紙を書いて知らせなくちゃ。彼は知っていたように笑いそうだけど。

名前
「はい」
「礼を言う」

 真剣な顔でそう言う白ひげさんに、私は驚いて「えっ」とあからさまに狼狽えた。礼を言うって、一体何の話かと思えば、エースくんを助けたことだ、と。

 そんなこと、礼を言われることじゃない。再三言ったが、エースくんを助けたのは私のエゴだ。私が、彼を死なせたくなかっただけ、生きていて欲しかっただけ。結局私と彼が生きているのも、一緒に生きると決めたのも、私以外の力あってのことだし、それは全部結果論に過ぎない。

「お礼なんて言わないでください、私は、家族を、――大切な人を助けたかっただけです」

 未来を変えてしまった私に、これから何が起きるかは分からない。でも、全部責任持って背負うつもりだ。

「そうか」
「はい、本当に良かったです」

 今日から私は彼の娘。彼が来いと広げた腕に飛び込んで、その広い海に抱かれる。恥ずかしくなって、もう一度、よろしくお願いしますと言えば、また大きな笑い声が船全部に響き渡った。


 部屋から出て、さっきもらった自分の船室に向かうと、扉の前でエースくんが待っていた。

「終わったか?」
「うん ちゃんと娘にしてもらえたよ」
「当たり前だろ」

 わしゃわしゃと頭を撫でる。当たり前と言いながら、その顔は確かに安心した顔だ。

「エースくんはどうしたの? 私が船から追い出されないか心配してくれたの?」
「んな訳ねーだろ」
「冗談」

 だからァ、と口を開き、そのあと言いづらそうに何かをもごもご。頭をかいたエースくんはちょっと恥ずかしそうで、その理由がトント思いつかない。

「……だからァ、さっきのやつ」
「さっき?」
「ああいうのは俺が言うもんだろ」
「ああいうの、って……あ、エースくんをくださいってやつ?」
「そうだよ」

 ああ、あれか。

 勢いに任せて、とんでもないことを言ったなとあの時は確かに思ったのに、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。ああいうのは俺が言う、ね。エースくんは意外とそういうのを大事にする男だ。

「ごめん つい、さ」
「ったく、驚いて心臓止まった」
「それは困る」

 冗談だと、彼が私にデコピンする。しっかりと動く彼の心臓に今日も感謝する。彼の心臓が動く限り一緒に。ずっと、ずっと先の未来まで。

「じゃあ、エースくんが白ひげさんに娘さんをくださいって言うの?」
「それも変な話だよな」
「ちゃぶ台ひっくり返されちゃうかも」
「ちゃぶ台?」
「ううん、こっちの話」

 いつか、そんな日が来るのなら、なんて素敵なことだろう。海のように続く二人の未来に、たくさんの幸がありますように。

この海は僕と世界で続く