私の体の回復を待って、船は、明日出発することを決めた。鈍りきった体にムチを打ち、久しぶりにやって来たのは、懐かしのポーラータング・厨房である。
「名前?」
今夜は宴。さて、何を作ろうかと腕まくりしたところで、ドアを開けて入ってきたのはペンギンさんだった。
「ケガは、いいのかよ」
「バッチリです」
ペンギンさん、何か食べたいものありますか。私が尋ねると、カウンターに腰を下ろしたペンギンさんが、肉。と、一言。そんなこと、百も承知である。だいたい、この人たちが魚を食べたいと言ったことなど、私の記憶の片隅にもない。食料庫にたんまりと収められた山盛りの肉を見て欲しい。絶対食べ切る前に腐っちゃう。海賊に聞いたのが間違いだった、と反省したが生憎この船には海賊しか乗っていない。さて、何を作ろうか。ふりだしに戻る。
棚の奥に仕舞われて使われた形跡のない圧力鍋。引っ張り出して、角煮の支度をする。
「そんな凝った料理、名前が居なくなってから食べてねえな」
楽しみだ、と彼が笑った。私は首を傾げ、それを見たペンギンさんも首をかしげる。
「どうした?」
「私がいなくなってから、コックさんは?」
「いないけど」
入り口のとこ、当番表が貼ってあっただろうと、彼が指をさす。既視感。だから、キッチンの汚れが増していたのはそういう訳か。だけどまたどうしてそんなまどろっこしいマネ。料理の得意な海賊なんて、ごまんとはいないかもしれないが、それなりにはいるだろう。それに私が以前もらっていたお給金を考えたら、乗りたいと言いだす料理人がいないだなんて思えない。
「まあキャプテンが素直じゃないことなんて承知の上だしなあ」
「はあ?」
「戻ってくるって信じてたしな」
それ。笑いながら彼が視線で示したのはキッチンの隅っこにポツンと置かれた踏み台。上の棚に手の届かない私のためのもの。私以外、誰もこれを使ったりしない。きっと邪魔だったはずだ。それでもこれが、今もこうしてここにある意味を、ペンギンさんは考えろ、と。そういう訳だ。
「おかえり、名前」
帰ってきたのだなあと、私はしみじみ実感する。「おかえりのハグでもしますか」と言えば、「やめろ死にたくない」「大袈裟な」笑って、お料理再開。使いやすいキッチン。鍋の中で煮える音。包丁が、野菜を刻む音。何もかもそこにあった。私が帰ってきた場所に。
「いい匂いがする!!」
ドーンと、ドアを開け、ペボさんが顔を出す。相変わらず無敵の可愛さである。
「おかえり!名前!!」
分別のあるどこかの誰かさんとは違って、問答無用で抱きついてきたシロクマの圧力に圧倒される。「お腹空いたあ」この体制でそれはなかなかのホラーだ。
「おいおいペボ、ズリィぞ」
可愛いもふもふに触発されたのか、ペンギンさんが反対側から抱きついた。サンドイッチ。誰かが言う。幸せだなあと思っていたのに。
そんな低い声とともに、ペンギンさんがバラバラになった。正真正銘のホラーである。
「何してんだ、お前」
「なんで俺だけ……」
とても罪悪感。