彼は、私の姿を見ると、目を細め、とても嬉しそうに笑った。その顔に、安心感を覚えたのは、もはやどうしてかは分からない。また会えてよかった。彼の放つ言葉の重みが、ずっしりと私にのしかかる。
私たちは約束通り、島の草原に腰を下ろし、向かい合って、昔ばなしをたくさんした。私が出会った人たちの、愉快で、時に悲しい、私の大切な思い出を彼に示した。彼は時々声を上げて大きく笑う。時間は、あっという間に過ぎて行った。
「お嬢さんは、海賊になるのか」
レイリーさんが問う。あの人の仲間になると言った。ただ船に乗っているだけですは、もうまかり通らない。トラファルガー・ローの仲間になるということ。つまりは、私も海賊になるということなんだろうなあ。
「血は、争えないみたいです」
そう言うと、レイリーさんは目を伏せて、一言そうか、と呟いた。海は人類の浪漫である。私もまた、海の上で生きることを選んだ類の人間だ。彼が語った『男』のはなし。それが彼のことだということ、彼が冥王シルバーズ・レイリーだということ。私が何もかも知っていると、彼は知り、「謎の多いお嬢さんだ」と言った。秘密は女を美しくするとは、かの謎多き女の名言である。
「……おや、時間が来たようだね」
彼の向けた視線を追うと、船長さんがコートに手を突っ込みながらこちらへ歩いてくる。
「白ひげの奴らが出るそうだ」
「じゃあ見送りに行かないとですね」
船長さんと、レイリーさんは視線を交したように見えたが、特に何か言葉を交わすことはなかった。
「名前」
初めて、レイリーさんが私の名を呼ぶ。
「──どうか、幸せに」
離れてゆく神さまが少し重なる。私は頷いて、船長さんと歩いて行く。
「……だ、そうですよろしくお願いしますね」
返事の代わりに、彼は私の手を取る。彼の体温は言葉よりも正直だ。
・・
・
「エースくん!」
船長さんと共に現れた私に、彼は分かりやすく顔を顰めた。負けじと眉間に皺を寄せる船長さん。こんな顔の二人に挟まれているなんて御免である。
「まあまあ、ふたりとも」
そうカリカリしないで。同業者じゃないですか、そう言いかけて、ああ海賊の同業者ってすなわち敵かと口を噤む。とりあえず、仲良くしなくていいから喧嘩しないで。
「名前、コイツになんかされたらすぐ言えよ」
「その心配は無用だ」
「……チッ」「まあまあ」
ありがとうね、エースくん。慌ててそう言うが、船長さんの皺は相変わらず深い。意外とヤキモチ妬きだなんて、3年前から知っていた。
「元気でね、」
「名前もな」
彼が鮮やかなオレンジを、私の瞳に焼き付けて、空を舞う。船のヘリに立った彼は、右手を上げて、大きく手を振った。
「ずっと笑ってろ、」
泣かされたら迎えに来てやる。わざとらしく、大きな声でそんなことを言うから、舌打ちが聞こえてきて、もう隣に意識を払うのは辞めにする。
「エースくんも!笑ってて!!」
わたしの太陽。大きく手を振り返す。ひらりと背を向けて、彼は甲板に降りた。その背中に、偉大な伝説を背負い、彼はこの海原を往く。どこかでまた、会うこともあるだろう。その時も、どうか笑顔で。
「「「「出航だァ」」」」
新たな船出。図々しくも少しだけ寂しくなった心に蓋をする。船長さんは、私の気が済むまで、隣でずっと、待っていてくれた。