▽Ace

名前が部屋に戻ったあと、カタンと音を立て、青い鳥が甲板に降り立った。

「……いいのか、」

俺とは反対の方を向きながら、マルコが言う。良いも悪いもねぇだろう、それ以外、どんな選択肢があったって言うんだ。「いいんだよ」彼女が、幸せになれる道を。好きな女の幸せひとつ祈れないような、器の小さな人間になれと、育てられた覚えはない。この果てのない海のように、ただただ大きかったあの人が俺に遺してくれた優しさと強さは、あの人が生きた証でもある。己の生き方で、親父の生き様を証明しなくては、生かされた意味がない。

「……いいじゃねえか、海賊らしく奪っちまえば」
「できねぇよ」

腹の傷が、じくじくと傷んだ。

気に入らないのなら殺してしまえ。欲しいのなら奪ってしまえ。たしかに、それは海賊らしい生き方だ。でも奪っちまいたいくらい好きなんだろうよい、とマルコが言う。違いない。

「そうだとしても」

俺に、そんなことができるのかと聞かれたら答えはNO。どう足掻いたところで、命を賭けて俺を救ってくれた彼女を不幸にする道は有り得ない。

「……なんだよぃ」

彼女に宛てた言葉ぜんぶが真実。名前の命を奪ってまで生きたいとは思わない、死ぬことだって怖くない。彼女のことを、守るのは俺であってほしかった。幸せにできるのも。

「……嫌われたくねーもん」

俺のつぶやきを、最もだと言って、マルコは笑った。何もかも叶わないのならせめて、彼女の中の俺が、彼女の太陽であり続けてくれと、願う。次にまたこの広い海で会うことがあったなら、エースくん、と同じように笑顔で名前を呼んでほしい。彼女の涙なんて、もう今後一生見たくねぇんだ俺は。

「お前も、大人になったじゃねぇか」
「ほっとけ」

何時からか、憧れは恋に変わった。彼女の言う『大好き』に、張り裂けそうになるこの胸の痛みを、人が恋と呼ぶのなら、これは俺の最後の十字架に。

「やっぱりお前は人の子だよぃ」

名前がくれた痛みも優しさも、きっと忘れられずに往く。まあ、それも悪くはないだろう。

「海には女なんてごまんといるさ」

行くだろう?とマルコが言った。おう、と力強く答えれば、じゃあ早く傷を治せ、とまた翼を広げる。青い空に青い翼。新しい風が流れていった。