小さな男の子の泣き声。知らない子だ。その子の泣き声に引っ張られるように、私は、歩く。出口はもう直ぐそばにある。
『名前』
誰かが、——いや彼が私を呼んでいる。早く、行かなくちゃ。
目が覚めた。今度こそ、本当に。見知らぬ天井。眩しくて、視界がぼやける。何度か、目を閉じたり開いたりを繰り返して、目を慣らす。体は、自分のものじゃないみたいに重たい。人の命はこんなにも重いのか、知らなかった。
「起きたか、寝坊助」
声の方へと、目を向けると、船長さんが、壁に背を預けて立っているのが見える。腕を組んで、怖い顔。少し痩せただろうか。彼は、ゆっくりと、歩み寄り、私のすぐ横に立った。ベッドに腰を下ろし、節くれだった手で、私のほおを撫でる。喉がかすれて声が出ない。船長さんはとても傷ついたような顔で、私の存在を確かめるように輪郭をなぞる。懐かしい温度、声、匂い。生きているんだなと私が思ったと同時に、彼が「生きてるな」と呟いた。
「……無駄なことに体力使うんじゃねぇ」
声の代わりに溢れた涙を、彼が丁寧に一つ一つ掬ってくれる。まだ私の体はボロボロなのに、それでも涙が止まらない。困ったように、それでも決して迷惑ではなさそうな顔の船長さんを見ていると、尚更に。
「……せん、ちょ、」
鉛のように重たい腕を持ち上げれば、彼が、それに応えるようにゆっくりと、私の体の下に腕を回した。しっかりと支えられる。彼の腕の中は、見かけによらず温かい。
「泣くくらいなら無茶すんじゃねぇよ」
私が彼を抱きしめられているのかどうかは分からなかった。それでも、彼が私をしっかりと抱きしめてくれていることだけは確かで。ずっと、会いたかったと、伝えたいけど、また今度。
「名前、」
彼の手が私のほおに掛かる。ゆっくりと、瞼を下ろす。暗闇も、一人でなければ怖くない。
「名前~~~~~~~!!」
バッターーン、とドアが壊れそうな音がして、目を開けると、まぶたの触れ合う距離に船長さんの顔。ふたりでドアの方へ、顔を向けると、包帯でぐるぐる巻きのルフィくん。「何してんだ、お前ら」キョトンと、曇りのない瞳で言われてしまっては、恥ずかしくて、続きをどうぞなんて言えそうにもない。船長さんは、体を起こすと残念そうにため息を吐き、診察だと言う。彼にしては雑な嘘。
「名前は、もう平気なのか!?」
「安静にしてりゃあ治る」
「そうか~~良かったな」
ルフィくんがわしゃわしゃ私の頭を撫でる。うんと頷くと、バタバタと音を立つ。今度は誰だと思ったら、兄弟揃って包帯でぐるぐる巻きのエースくんが壁に手をつきながら立っている。
「……名前……」
まだ傷が癒えていないのか、おぼつかない足取りで、エースくんは私に近づき、顔を覗き込む。ポタポタ、ポタポタ。彼の涙が冷たい。だめだなあ、男の子がそんな簡単に泣くなんて。
「え、す…く」
ちゃんと生きていてくれた。ようやく止まった涙が、また私の視界を邪魔してくる。
「よか、った」
私、ちゃんと助けられたんだね。生きていて、くれたんだね。馬鹿野郎と言いながら、ズルズル泣く彼を見上げて、私もひたすらに泣き笑う。ルフィくんは、にししと嬉しそうで、船長さんは不機嫌そうに顔をしかめた。