走り出したらあっという間だった。右も左もわからない、ただ目の前に高く聳える処刑台を目指し、ひたすらに足を動かす。人の間を縫うように進む、倒れた人を盾に隠れて、迫り来る人を躱して前を目指した。息が切れる。喉に血が張り付いたような味がする。まるで山の頂上にいるように、吸う酸素はここにはないような気さえした。肺が痛む。それでも走った。ルフィくんの雄叫び。この喧騒の中にあって、誰の耳にもそれは届いた。ここからルフィくんの姿は見えないし、エースくんの表情だってもちろん見えない。それでも一緒に、私も並んで走らせてほしい。きみの、きみたちの邪魔はしないから。
「おれァ、白ひげだァア!!」
みんな、ここで戦っている。たった一つの、命の炎が消えてしまわないように。
「おい、お前そこで何して……女?」
海兵の一人が私を見つけ、強く腕を掴まれる。後少し、もう処刑台は目と鼻の先なのに。
「海賊の仲間か?」
ああ、こんなモブに構っている暇など、私にはないというのに。ブンブン腕を振ったところで、モブとはいえ、曲がりなりにも海兵さん。こんな貧弱な腕で敵うはずがない。
「お願い、離してっ……!」
こんなところで。頭の中を思考が巡る。それも、ルフィくんがくれた痛みが邪魔をする。
「やめろォ~~~~~~~~~~!!」
「わ、」
「ぶは」
地震のように広がる。頭を鈍器で殴られたような衝撃。私の腕を掴んでいた海兵さんは、耐えきれずに目を回して後ろにひっくり返った。驚きで止まっていた心臓が動き出す。ゆっくりと世界が再び動き出した。これが、数百万に一人がその身に宿すという、覇王色の覇気。ルフィくんの、最初の覇気である。
「フッフッフッ、……こいつはおかしな光景だ」
まだ定まらない視界の中、特徴的なピンクのファーコートが揺れる。海兵は倒れ、一見平凡な女がへたり込んでいるが意識は保っている。こんな面白そうなネタを逃すジョーカーではないらしい。
「やっぱり只者じゃねぇようだな」
ゆっくりと視界が重なる。このサングラス、意地悪く釣り上がった口角。何年振りかなんて、数えるのも今は億劫だ。
「また会ったな、お嬢ちゃん」
「覚えていて、くださった、なんて、光栄です」
息も途切れ途切れ。あらゆる不調を無理やり整える。そんな私を可笑しそうに、ドフラミンゴさんが見下ろして。忘れるはずねぇさ、と私の髪に光る飾りを指差した。
「俺がこいつをどこで見たかと、お嬢ちゃんがその海兵のようになっていない理由、——関係あるんだろう?」
唾を飲む。肯定するにも、否定するにも根拠がない。しかし、ドンキホーテ・ドフラミンゴが感じているのと近い直感を、私もシャボンディで感じた。私の体にも、なかなか物騒な血が流れているみたいだ。
「……さあ、どうでしょうか」
私の返事に、彼は笑みを崩さない。相変わらず連れねぇな、とそっちこそ相変わらずだ。ようやく息が整った。立ち上がる。この人を見上げていると、首が痛くなってしまうな。
「私、もう「最後の質問だ」
ドフラミンゴさんが膝を折り、視線を合わせ、親指を上に向ける。
「お嬢ちゃんが言ってた兄弟ってのは、あいつらのことか」
その顔から笑みが消える。私が頷けば、彼を空を見上げ、そうかと一つ呟いた。そして空気を震わすように、静かにまた笑い出す。
「お嬢ちゃんとは、また会えそうだ」
「え?」
どういう意味か、そう聞き返す前に、足が宙に浮く。お腹の辺りに巻きついた太い糸が私を宙で支える。
「面白いモン見せてくれよ」
「ちょっ」
彼が手元の糸を引く。嫌な予感、いいや、これは天の助け、蜘蛛の糸と言うべきか。私の体が処刑台の高さまで投げ出されるのと、処刑台が木っ端微塵に爆発したのは、ほとんど同時だった。