大船・モビーディックが海に沈んだのと時を近くして、私含め残りの船員を乗せた外輪船が浮上した。マリンフォードはまたも予想外の展開に大慌て。スクワードの一件もあり、押され気味だった白ひげ海賊団は、再び息を吹き返したように猛攻に転じた。

「……誰が隣を歩いていていいと言った、お嬢ちゃん」

皆がエースくん目掛けて散ってゆく。ジョズさんの後押しを受けて歩き出した白ひげさんは、隣にいる私を見下げて顔を顰めた。誰が言ったって、もちろん無許可である。

「私は白ひげ海賊団の一員ではないので、あなたの許可を一々とる義務はありません」

ここまで置いてもらった恩を仇で返すつもりなど露ほどもないが、私の生死に彼が関わる必要もない。エースくんを助けることさえできれば、それ以外のことはいま、語るに及ばない。

まばゆい閃光に目を瞑ったと同時に、白ひげさんは私の体を己の後ろに隠した。何かと思えば、白ひげさんの元へ蹴り飛ばされてきたのはボロボロのルフィくんである。

「そんな無謀なだけのゴミクズに、先陣切らすとはねェ~」

大将黄猿の声。背後にでかでかと見えるのはイワンコフの頭。本当にでかい頭、信じられないオカマだ。私がその顔のデカさに呆気にとられていると、白ひげさんはルフィくんを近くの船員に投げ渡し、ゆっくりと再びを歩を進める。

「生き急ぐんじゃねぇぞ、若ぇのたちよ」

ルフィくんはもうフラフラで、なのに兄を助けたいとわがままを言う。もう動く気力も彼には残されていないのに、それでも助けたいと叫んでは、また倒れる。生き急ぐ。ルフィくんもエースくんも、私だって同じ。でも、急がなければ間に合わない。走らないと追いつけない。いま、走れなかったら、私たちはきっと後悔する。

「ルフィくん」

倒れた彼に近づき、熱くなった頬を冷ますように、自分の冷えた手を押し当てる。薄く目を開いた彼は、私の顔を見て、少し考えているようだった。帽子を外して、久しぶりだねと笑ってみせる。10年ぶりに、きみと会えたのに。こんな血なまぐさいところだ。

「……名前?」
「そう、覚えててくれたんだ」
「なんでここに、」
「ルフィくんと一緒だよ、——エースくんと、きみを助けに」

左手を翳す。傷だらけの体を癒すのに、私の能力はあまりに力不足だ。体にじわじわと広がる痛みは、彼の受けたほんの一部。体の中の毒までは癒せない。ごめんね、ルフィくん。少しでも、きみの役に立てたらいいのだけど。

「……名前、何して……」

彼はわずかに和らいだ自分の傷と、痛みに顔を歪ませる私を見て、不安げに私の瞳の奥を探った。

「大丈夫、……大丈夫だからね」

イワンコフが近づいてきたのを見て、私は立ち上がった。また後で。痛みで震えた視界を振り払う。周りを見てみろ。ここは戦場。誰もが己の信義のために血を流している。たくさんの人が亡くなっている。それでもみんな生きて、力を奮っている。彼の痛みを引き受けた程度で、立ち止まるなんて、きっと、神さまは許さない。