海底に、響く轟音。叫び声、地の裂ける音、海の割れる音。遠い国で起こる悲劇のように、そこは怒りと悲しみに満ちていた。地上と繋がれた電伝虫の届ける惨劇に耳を澄まし、船上にいる誰も、口を開くことはない。静かに変わっていく世界に耳を傾けた。まるでそれが、自分たちの定めであるかのように。
人は誰しも弱い。今、マリンフォードで大矛を振るう海の王も、最初から強かった訳ではない。みんなそれを知っているはずなのに、いつの間にか忘れてしまうのだ。彼の力はあまりに大きく、自分と同じ人間であるなどと、到底信じようもない。その気持ちはよくわかった。私も、全く同じ気持ちだったから。それでも、この船にいるみんなと同じように、私も白ひげさんの力を信じていたかった。エースくんが父と呼び、心の底から尊敬した人だから、私も、エースくんの信じた人を、信じていたい。それは独善的で曖昧な答えだけれど、今、ここで震える足に鞭を打ち、立ち上がるのには十分な理由だ。
にわかに慌ただしくなる、船内。大きな音を立てて海面が揺れる。ルフィくんたちを乗せた戦艦が落ちてきたのだとすぐにわかった。刻一刻と時が迫る。来るべき時に備え、船内は俄然冷静さを失う。
「麦わら……? 麦わらって、あの前にエースのやつが言ってた、」
「ああ、インペルダウンから軍艦奪ってきたらしい」
「はぁ? とんでもねぇやつだな」
いつからか、伸ばしっぱなしになっていた髪を結い直し、倉庫で埃をかぶっていた汚い帽子を被った。私がドアを押しあけても、誰も見慣れない顔に気がつかない。誰にも、誰かを想う余裕はなかった。やるべきことは、エースくんを助けることただ一つ。そして、それは私も同じ。
『おれは、弟だ!!!』
電伝虫の近くに寄って、10年ぶりにルフィくんの声を聞いた。相変わらず、無茶ばかり。自分勝手なのにとことん優しい。本当に、あの兄弟はそっくりだ。結局、自分の痛みなんてこれぽっちも考えない。いつも自分のやりたいことばかり。そしてそれは、誰かを笑顔にすることばかり。
『好きなだけ、何とでも言えェ! おれは死んでも助けるぞォオ!!』
電伝虫が拾った彼の声に応えるように、みんなが気持ちを引き締め直す。四皇白ひげと肩を並べ、対等に言葉を交わした人間は、この海に何人いるのだろう。「ルフィくん、」私も、きみと同じところに。
「おい、そろそろ浮上だ!全員柱に捕まっとけ!」
さあ、行こうか、戦場へ。