ああ、そういうことかと理解した。
人の成長とは恐ろしいもので、かつてはよく見知ったキャラたちを前に動揺し、怪しまれ、数多の面倒に巻き込まれてきた私だけれど、もうこの旅を始めて10年近く。漸く、心の中で絶叫するという術を身につけた。目の前にいる白髪の老人。死の淵から蘇りし伝説の男、冥王が、私の前に腰を下ろした。
「……して、お嬢さん、私とどこかで会ったことがあるか?」
「いえ、……初めてだと思いますが、」
シルバーズ・レイリー。あの海賊王、ゴール・D・ロジャーの右腕と呼ばれた男である。シャボンディに来ると決め、全く身に覚えがなかったと責められれば、それは多少はあったけれど、まさかこの広い島で会うこともないだろう、とたかを括っていた。ローグタウンの頃と全く成長していないだなんて、そんな正論は言われなくたって分かってる。
エマさんの大きな猫。歳をとっていると言ったが、これにて私の素敵な午後はぶち壊しになった。可愛い猫を愛でながら、なんて夢見た自分を殴りたい。この家にレイリーさんが入り浸っているのなら、私も長くは居られない。覇王色の覇気を備えるかの老人の前で、どうボロを出さずに普通の女を演じるか。今、私の精神はそれに集中している。
「今日、晩ご飯はどうするの?」
「……おや、珍しいことを聞く」
「名前がいる間は彼女が作ってくれるの、いつものようには行かないわ」
「そうか、それは楽しみだ」
「……ですって、名前」
あの人の為に豪勢なご飯を作ったって、あの人フラリと居なくなるの。それなのに今日は忘れてやる、って日に限って飯はあるか、って。酷い話でしょう。馬鹿馬鹿しくって、やってられないのよ。──頬杖をついて、そう話すエマさんはやっぱり綺麗で、同性ながら見惚れてしまった。ひとえに、恋というのは女を美しくするものらしいのだ。
『それでも、多めにご飯を作って待ってるんですね』
冷蔵庫の最上段、お皿とまだ新しそうな夕食の残り。話を聞いてすぐにそれと分かった。エマさんは、小さく笑って、そうねと言った。否定する気はないらしい。だってあの人、とても魅力的でしょう、って。まあ分からなくもないけれど。好きな人が遊び人はちょっと困る。
『でも本人に言ったらダメよ。認めたら負けなの。好きは禁句』
『何故です?』
『そんなこと言ったら、あの人、もう二度と来ない気がするの』
女の勘ね。ビーフシチューを味見しながら、エマさんの華麗なウィンクを思い出す。認めたら負け。ああ、身に覚えがある。好きは禁句。それも分かる。思い出は褪せることを知らないけれど、記憶の輪郭は、薄ぼんやりとしている。薄ぼんやりとした記憶の中で、彼は生きてる。
「夕飯、用意できました」
タイミングよく、レイリーさんが帰宅する。美味しいワインが手に入ったと喜びながら。
「さあ、頂きましょう」
赤ワイン、ビーフシチュー、ガーリックトースト。俺はパンは嫌いだって誰かさんの声。やっぱりぼんやりしてきた。