私が助けに来たよって手を伸ばしたら、馬鹿野郎って怒るだろうか。泣きながら、助けられたくなかった、と彼なら言いそうだから困ったもんだ。それでも助けたかったんだ、って、私は言って、それから先がどうなるのか。私の夢は、いつもそこで終わる。
例えば私が、彼を助けに行かなかったとして、その時のことを考えると、すごく嫌な気持ちになる。当たり前のことだけど、人が死ぬのは辛いこと。その人が、自分にとって、手を差し伸べてくれた、大切な人であるならば尚更。もしも彼が私の伸ばした手を取らなかったとして、それでも私が彼を助けたいとして、面倒な後のことは、未来の自分たちに任せたい。
『またな』って、言ってくれたのはきみだから。『絶対』に、きみを助けると自分に約束したから。私は強くないけれど、それでもちゃんと救うから。だから、まだ彼の命の炎が消えないように、とただ願う。
▽Ace
石を投げられた。やり返したら、向こうの小さな身体がボコボコになって、血が出て、泣きながら謝られたから殴る手を止めた。先に意地悪したのは相手。でもやつは俺より弱く、ボロボロの身体を抱きしめながら『何があったの?』と聞いてくれる母親がいた。
誰かを羨んだことはない。ただ一人になると、自分が生まれてきてよかったのかとよく考えた。それに答えをくれるべき母親は俺にはおらず、父親と呼ぶのも憎いその男は鬼だった。
『エースくんのおかげでね、私すごく楽しかったよ』
夢の中。俺の隣で寝転ぶ女が、微笑みながらそう告げた。
『ありがとう、エースくん』
誰かに感謝されたことなどなかった。ありがとう、なんて言葉は俺の世界にはなかった。俺の頬を引っ張る生温い感覚を手離したくないと思うとすぐに、痛みがないことに気がついて、それが夢だと知る。
目が覚めると、ストライカーの上、とある島の端くれだった。まだ空は暗い。闇のように深く黒い髭をもつ男だが、動き出すにはまだ早い。もう少しだけ。朝日が顔を出したら、動き出すことにする。『エースくん?』ああ、またお前か。寝ても醒めても、朝も昼も、どこにだって彼女の面影が付き纏う。
「……腹減った」
でかい牛を前にして、困ったように笑ったあの顔が懐かしい。腕まくりして、ちょっと待ってねとウインクをして、ルフィと腹減ったなァって言い合いながら、後ろ姿を見ているのが本当は好きだった。だからこの旅が終わったら、彼女が俺におはようと笑いかける、そんな夜明けが来ることを、ただ願う。