「しっかり掴まれ」

言われなくとも。私はエネルさんの太い首に腕を回し、怖いから目を瞑った。今度はどこへ?地上である。夜になり、ご飯を頂き、お土産にと、空島のダイヤルをたくさん貰った。私が市場で物欲しそうに見ていたのに気付いていたそうだ、お恥ずかしい。そして今風呂敷にダイヤルと空島おにぎりを詰め込み、エネルさんにしがみついている。昇る方法もあれしかないが、降りる方法もこれしかないらしい。実に不便。

「行くぞ」

風を切って進む。怖過ぎて涙も出ない。

固い地面。やっぱりヴァースは最高。未だ雲の上に居るような浮ついた気持ちを引っ提げ、私は地に足をつけた幸せを噛み締めていた。エネルさんはふわふわと宙に浮きながら、夜空を見上げる。空が遠く感じるから可笑しい。

「私はいずれ彼処へ行く」

倣って見あげれば、浮かぶ月。そう言えばエネルって月を目指してでっかい船作っていたっけ。でもあれ、ルフィくんに負けて、その後、……ああ、結局一人で彼処へ行くのか。きっと、そこはもっとずっと淋しい場所なんだろう。

「お前またいずれ戻って来い、歓迎しよう」
「空島に安全に行く方法を見つけてくれたら、考えます」

エネルさんは鼻で笑い、そろそろ戻ると言った。お元気で。私が手を振れば、彼はやっぱり振り返してくれない。高く上がってゆく彼を見送って、見えなくなった辺りで、ホテルに向けて歩き始める。こんな夜更けに戻って、怒られなきゃいいけど。

「あの青二才め」
「まだ言ってるんですか」
「神はワシじゃ」
「まあまあ」

信仰はひとつじゃない。人の数だけ神があるとは、誰の言葉か。私にとっての神は隣を歩くこの小さな老人で。あの空にとっての神はあの雷なのだろう。孤独で、淋しいけれど。神の救いがあるように。私は祈り、静かに夜が更けてゆく。