「引越しの準備?」

夢を乗せてどこまでも。海賊船に引越しなんて概念があったのかと、私は驚いた。無理もない。朝、サンゴさんに言われて不思議に思いつつも、大してない荷物をまとめた。お馴染みのカバンに詰め込むだけなのでそう時間はかからない。頂いたお給金と、買い足した服やら何やらが少々増えたかな程度だ。キッチンの料理道具は新しい船が完成してから動かせばいいとのこと。置いておく場所もない。神さまはココ最近姿を見かけていないので天上でのあれこれが忙しいのだと思われる。最後に、この船に乗ったばかりの頃に船長さんに買ってもらったキッチン用の踏み台をもって、私は船を降りた。

私たちが今停泊しているのは、グランドラインに入る少し手前の、造船で名高い島だった。船長さんがわざわざベポさんに行き先を指定するのは珍しいなとは思っていたのだ。船を買うつもりだったとは。ここ数年、コツコツと(もちろん不正な方法で)集めたお金は新しい船のためだったんだなあと納得した。私はバッグと踏み台を抱えて、港近くの宿屋へと移った。新しい船が完成するまではここに泊まるらしい。今晩は、ここまで私たちを運んでくれた船で最後の宴だ!とペンギンさんたちがはしゃいでいたので、荷物を置いたら早速宴の支度に取り掛からなくては。彼らの宴は、宵の口からフルスロットル。正直困るけど、まあこれが仕事だから、文句は、言うまい。

「わっ」
ドスンと後ろから何かぶつかったと思ったら、船長さんが素早く私の腕の中に積み上がった荷物をかっさらっていた。買い出しの帰り道。声くらい掛けてくれてもいいのに。

「こんなに持てるわけねーだろ」
「皆さん引越しに忙しそうでした」
「じゃあ最初から俺を呼べ」

そんな恐れ多いことできる?いや、できるけど。流石に申し訳ないと思うし、というか一人でも行けると思った。現に腕が痛かったけど行けてはいたのだ。勿論持ってくれてとてもとても助かったけど。

「にしても、すげぇ荷物だな」
「みなさんよく食べてくれますからね」

たくさん買わないと。お酒はシャチさんとベポさんが買ってきてくれるそうなので、私はもう早速ご飯に取りかかる。ツマミは簡単な分、量と種類が要求されるから、これはこれで頭を捻るのだ。

今晩のメニューをあれこれ考えつつ、島のことを船長さんに教えてもらった。彼はやっぱり頭が良いというか、いつ本で読んだのか人に聞いたのか知れない知識をスラスラと、しかも丁寧にお話してくれる。こういう人との会話は飽きないし、自分のためにもなるので有意義。すごく楽しい。私があんなに四苦八苦した荷物も、船長さんが持つと軽そうに見えて、これは不思議。

「ここでいいのか」
「はい、ありがとうございました」

キッチンにドサリと積み上がった大荷物。これも明日の朝にはほとんど残らないというから、海賊ってすごいや。私は手近な紙袋から野菜を取り出し、皮剥きに取りかかる。船長さんは柱に体を預け、しばらく見ていくようだった。緊張する。見られるとやりにくい、という意見は随分前に伝えたのだが効果なし。彼の気まぐれに付き合う他ない。

「なにか食べたいものありますか?」

この船に乗るのも、最後。ワンピースの原作ではメリーと麦わらたちの涙の別れがあった。あそこまでこの船に強い思い入れはないにしろ、ずっとお世話になってきて、寂しい気持ちはもちろんある。ここんのところ、ドアの立て付けが悪かったり、私の部屋はたまに雨漏りするし、ガタが来ていたことには間違いないから、変えるのがベストなのだろうけど。ほら私って、すぐ情がわくタイプだから。

「お前の作るもんならなんでも」

振り返ると、船長さんはふざけた様子もなく私のことを見ていた。彼の放つ、”気まぐれ”なひとことは、彼が思うよりずっと私の心をかき乱して振り回す。今だって、少し心臓が早くなった。やめてほしい。

「じゃあパンに梅ジャムでものせますか」
「くびだ」
「ええ」

やめてほしい、と本当に思ってる。でももう少し、いや、もっと。彼の声を聞いていたいと思うのも、本当。