悲しみは消え去り、喜びは積もり、また歳をとる。母が死に、旅を始め、エースくんとルフィくんに出逢ってから5年の月日が経とうとしていた。甲板で風に吹かれながら、ぼんやりと、これまでの旅路を思った。出会った人、失ったもの、得たこと、捨ててきたもの。短いなりに、懸命に生きてきた人生はそこそこ気に入っている。前世よりも長く生きてるんだと思うと、あっという間だった。

「色々ありましたね」
「……いちいちワシを呼び出すな」

いいじゃあないですか。話し相手くらいにはなってくれたって。
「フンッ」
もう、全然可愛くない。やれやれと首を振り、神さまは時間を動かした。途端、ガヤガヤと騒がしい船の喧騒が鼓膜に戻って来る。

「まだ始まったばかりじゃろう、て」

そうですね、と呟いた、私の名前を誰かが呼ぶ。髪には太陽の飾りが、首元では欠けた星のチャームが、私の胸には想い出が、それぞれが陽の光を受けて煌めいている。

「桜島?」

船長さんは私の問いかけに対して、ああと頷いた。桜島だって、なんとも懐かしい響きだ。

「なんだ、知ってんのか?」
「いえいえ、まさか」

船長さんは、優雅にコーヒーを飲みながら医学書を開いている。こうして夜も更けた頃、私の明日の仕込みが終わったのを見計らったように彼は現れて、コーヒーを飲んでゆく。みんなが眠った後はうるさくなくて良いらしい。それに合わせて私の寝る時間も遅くなっているのだけど、まあ彼には知ったこっちゃない。おまけに、私もそれを不快に思っていないというのだから不思議な話だ。「

ちなみにその島に火山があったりとかって……」

火山灰がすごくて住んでる人が大変な思いしてるとか。美味しい焼酎が飲めるとか、「そんな話は聞いたことねえな」「ですよね」 オダエーイチローもそこまで凝ってないよね。というか、ここはノーズブルーだし、原作にノーズブルーってほとんど出てきてないし、どうなっているんだろうか。こっちの世界に生まれ変わり(いわゆる転生)をしてもう20年になる訳だが今だによく分かっていない。多分一生わかりはしないんだろう。(うむ)

「桜島かあ」

ミルクたっぷりのココアを飲みながらひと息。随分と、この船での生活にも慣れてしまった。ノーズブルーは気候や食べ物、文化が東とはまるで違くて興味深い。楽しいことも恐ろしいことも、たくさんある。それでいいんだ。

「お前は、何を知ってる」

船長さんの手にあるカップは、1年前の船長さんの誕生日に私が贈ったものだ。この船にあるコーヒー用にマグカップは最初に見つけた古ぼけた2つだけだったし、聞けばそれはペンギンさんとシャチさんがここに乗り込むときに持ち込んだものだというし。(ちなみに、それを知った船長さんは嫌そうな顔をしていた。わかりやすく)

「何をって、船長さんほど博識ではないですよ私は」

世界政府のこと、海賊のこと、こっちの世界の常識は勉強した。料理のことと食材のことはもしかしたら船長さんよりは知っているかもしれない。うーん、でも私は勉強熱心ってほどでもないし、どちらかというと自分の目で見たものを大切にしたいタイプなのだ。

「そういう意味じゃねえ」
「?」

船長さんは、ゆっくりと暦を見上げ、ちょうど2年前の今日、お前と出会った、と言った。全然覚えてない。船長さんの記憶力ってどうなってんの?

「生まれは東の海だと言ったな、まだ賞金首にもなっていない田舎海賊をどうして知ってた?」

私は小さく笑う。本当に、この人には何もかも、敵わない。今まで、そんな小さな綻びに気付いていてずっと言わなかった、この人が心の底で何を考えているかなんてやっぱり分かりはしない。笑うだけで何も言わない私に、船長さんは咎めるそぶりもそれ以上攻めるそぶりも見せずに、息を吐いた。

「言いたくねえなら言わなくていい」
「——いいんですか?」
「お前を船から降ろすつもりはない」

船長さんは、淡々とコーヒーを飲むだけで美味いも不味いも言いやしない。そう言えば、この船に乗って一度も聞いたことがない。残さず食べてくれているから不味くはないんだろうけど。猫より猫舌な私は、未だ湯気の消えないココアをふうふうしながら飲んだ。甘くて、美味しい。

「……料理人なんて、この海にはごまんといるでしょう」
「ああ、だが、……いい料理人ってのはそうそう出会えるものじゃないんでな」

あらら、すごい口説き文句だこと。うふっと笑うと、船長さんはそれでも仲間にはならねえかって逆に楽しそう。「ええ」なりません。私はまだ弱くて、この世界の5分の1も知らなくて、誰も救えていない。救いたい、人がいる。守りたい、ずっと味方でいたい人がいる。だからまだ中途半端な真似はできない。それなのに、一丁前に揺らいでいるこの心を誰か無理やり沈めてほしい。