陽射しがチクチクと肌を刺す。前回の島から1週間、新たな島に辿り着いた。スッカラカンになった冷蔵庫の前でうんうんと首を捻り、次の島までの大凡の食料を計算する。次の島まではそう遠くないと聞くし、ここは少し節約しようか。いやでも何かあったら困る。うーんと悩みながら、メモに必要な食材を書き出していく。やっぱり少し多めに用意しておくのが良いだろう。
「名前、用意できたか?」
「はーい、今行きます」
今日はヒトデさんと買い出しへ。ヒトデさんのことは漫画上では見たことがない気がする。そこまでハッキリとは覚えていないけど。ヒトデさんとは私がこの船に乗りたての頃から仲良くしてくれた優しい人。ピンク色の髪がいかにもヒトデって感じでイカしてる。
この島は割と交易が盛んな場所らしく、見たことのない食べ物がたくさんある。もっぱら料理人になってしまった私としては、ワクワクが止まらないところだ。
「ヒトデさん、今日これ船長さんのスープの中にぶち込みましょうか」
グランドラインで獲れたという目が3つあるお魚。良い出汁が出るよっておばちゃんは言うけど、これは出汁以前の問題な気がするゾ。
「絶対渋い顔するな」
「でも食べてくれますね」
「キャプテン、名前が来てから飯残さなくなったもんなァ」
本当に。ありがたいことである。そうであるから余計に悪戯してやろうと思うと罪悪感に苛まれる。今日のところも勘弁してあげましょう。
・・
・
出航を明日に控え、船の中はガランとしていた。夜の街に繰り出していく皆さんに手を振ったのは2時間ほど前。名前ちゃんも来るかァ?という誘いは丁重にお断りした。だってお酒を飲んだあとに、海賊が行くところなんて限られてる。女連れじゃ面倒だろう。
船番の夕飯を用意し終えた後、キッチンで食材の買い忘れがないか確認。大丈夫そう。ゆっくり紅茶でも入れて私もそろそろ寝ようかな。
「名前ちゃーんメシー」
「腹減ったァ」
ドーンと食堂へ入ってきたのは船番だったはずの二人。あれ、時間早くない?
「お二人で抜けてしまって良いんですか?」
「キャプテンがさ……」
聞けば、船長さんが何やら行き詰まっているらしく、今日は船の外に出ていないらしい。見張りも代わってやると言われて、気が咎めたが2時間代わってもらうことにしたそうだ。海賊世界でも上下関係って大変なんだなあと思うばかりである。
「寒くないですかね」
今日結構風あるし。
「温かいコーヒーでも持って行ってあげてくれる?」
うわあ、墓穴掘った。
コーヒーと大きめのブランケットを抱えて、私は甲板のマストに背を凭れて座り込む船長さんの元へと向かった。「船長さん」雰囲気はすごくピリピリしてる。肌で感じるくらい。こりゃあ確かになんか行き詰まってそうだ。理由はてんで想像出来ん。この人の悩みの種になりそうなものがこの世の中にありすぎる。例えばこの前のニュース・クーで見たドレスローザの話題だとか。
「今日は冷えるので、これ」
抱えていたものを差し出すと、船長さんは無言でコーヒーカップだけ受け取った。この前見つけた埃被ってたやつ。ブランケットは受け取ってもらえなかった。でも寒いし、掛けた方がいいのにな。どうやったら受け取ってもらえるかなと思いながら、海に目をやると、夜の海は真っ暗で神秘的だった。もう一年近くも海上で生活してるのに、ノースブルーの夜の海はあまり見たことがなかった。
「すごいですね」
「…………」
「あ、邪魔ならすぐ消えますよ?」
「いや、」いい。
──それは、いてもいい、ということだろうか。きっとそうだろう。即座に否定されたので、もしかしたら少しは人肌恋しいのかもと思って、隣に私も腰を下ろした。寂しいときって誰にでもある。そういう時に限って、一人になりたいフリをしてしまうものだ。
「これ、使いましょうよ」
「お前が掛ければいい」
「でも絶対風邪引きますよ」
広げてみたら案外大きなブランケットだったので、私の膝元と彼の膝の上に乗せて丁度いい。船長さんは変わらずなにか言いたげな様子だったが、医者の不養生って言いますしねと言ったあとはもう何も言って来なかった。何か考えているのかもしれない。力になれないのは歯痒くもあるが、私ごときで変えられるものなんてこの世界にそう多くない。でも変えてやりたいと思うものも、そう多くはないからそれで良いのだと思う。
「寒」
「──ん、」
「私、ブラック飲めません」
船長さん仕様に超ストロングなコーヒーを入れてしまったよ、私には飲めない。
「じゃあもう中戻れ」
こういう言い方をするとき、彼が誰かを心配するとき。言葉少ない彼だからこそ、案外分かってきたかもしれない。
「もう少しだけ」
黙って海を眺めていたい。冷たい潮風の中で寒いなあと呟いていたい。彼のコーヒーを啜る音を聞いていたい。今宵の私は少しだけ欲張りだ。
「名前」
「……なんですか」(私の名前、覚えてたんだ)
「お前、海賊になる気はあるか」
横を見ることは、できなかった。船長さんの真剣な声のせいで、いつかと同じ突然の誘いのせいで、潮風に混じるコーヒーの香りのせいで、私が今夜眠れなかったらどうしてくれる。
「……ありませんよ」
「そうか」
もう少しだけ、海を見ていてもいいかな。