「船長さん、夕飯の支度ができました」
扉を2回ノックした後、そう告げると、ああとダルそうな声が聞こえてきた。それを聞いて、私はいそいそと食堂に戻る。ご飯の支度と後片付け、それに加えて、こうして船長さんを呼びに行くのは私の仕事だった。船長さんは紙面からでもわかるようにお宝と医学、戦闘、復讐にしか興味のない些か野蛮な人(ここではみんなそうだとも言える)なので、呼びに行かなければ平気で食事をすっ飛ばす。一度あまりの忙しさに呼びに行くタイミングを逃したら本当に翌日の朝までずっと医学書を読んでいたこともある。そういう人なのだ。それからはどんなに忙しくても、私がきちんと声をかけるようにしている。だって、食事を抜くなんて育ち盛りの青年の体に悪すぎる。私は食にはうるさいのだ。
食堂に戻ると、見張りの人たち以外はほとんど揃ったようだ。私を見つけて「名前ー」とベポさんが手を振ってくる。あんな可愛いしろくまこの世にいる? いたよ目の前に。それに小さく手を振り返し、私は厨房の中に戻った。船長さんの分の食事も盛り付け、これでようやく私も夕飯だ。ああお腹空いた。
今日のお肉は我ながらよく焼けたと思ったのだ。うん。
「キャプテン来たよー」
「はあい」
トレイを渡すと、船長さんは私がキッチンで食事をするために持ち込んだ小さなイスと、料理を見つけると少し顔をしかめた。
「……あっちで食えばいい」
「いいんです、私は」
さあどうぞ、とトレイを押し付けると船長さんはそれ以上は何も言わなかった。私が食堂で一緒に食卓を囲まないことをここの船員さんたちはやけに気にする。だって、レストランでコックが客と一緒にご飯食べる店はあるだろうか。答えは否だ。私はただの雇われで、ハートの海賊団の仲間ではない。だから同じテーブルを囲む権利はないし、邪魔をしたくもない。別に自分を卑下してるとかそう言うんじゃなく、ただのつまらない私のプライドの問題なのだ。
「おかわりあるか?」
「ありますよー」
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ふわあっと堪えきれない欠伸が漏れる。まあ誰もいないからいいだろうと、涙を目の縁に溜めながら仕込み終えたボウルを冷蔵庫の中に仕舞う。やっと終わったと息を着いた途端、「おい」と話しかけられて「ひいっ」と情けない声が出た。突然声をかけてくるのは反則でしょう。
「……せ、船長さん」
キッチンの入口に立っていたのは、船長さんで、彼もまたやや眠そうに目を擦りながら「コーヒー」と一言言った。コーヒー、……くれ、ってことね。洗い桶から小鍋を取り出し、お湯を入れて火にかける。コーヒー、と言われてもこの船にオシャレなカップは乗ってない。踏み台を使って、棚の奥を覗けば、ようやく埃のかぶったマグカップが2つあるくらいだ。しかも、柄もサイズもバラバラ。この船の人たちは今まで本当にどうやって生きていたんだが謎である。ビールジョッキにはコーヒー入れたら駄目って知ってる?
大体こんな夜更けにコーヒーなんて飲んだら寝られなくなる。よろしくない。そう思っていると、お湯が沸いた。カップにインスタントコーヒーを入れ、もう片方にはココアの素を入れる。掻き混ぜたらできあがり。技術力はどこの世界においても偉大なり。
「どうぞ」
「ああ」
テーブルのど真ん中に座る船長さんの姿は、見慣れているようで見慣れない。この人はいつも人に囲まれているから、一人でいると違和感がある。にしても、だ。この黒のロンT似合い過ぎじゃなかろうか。灰色のスウェットをこんなに着こなす人いない。今すぐユニ○ロのCMにプッシュしたいくらいなんだけども。
「こんな時間に何してたんだ」
「朝ご飯の用意をしようかと」
「こんな時間にか?、」
「はい、朝はあんまり強くないので……あ、ここまで給料出せとか言いませんから大丈夫ですよ。私が勝手にやってることなので」
今は勤務時間外ですし。今風に言うところのサービス残業ってやつだ。別に朝はぱぱっと作れるもので良いと思ってはいるんだけど、新しい料理を見て目を輝かすみなさんを見ていると、ついあれこれ作りたくなってしまうのだ。
「そうか」
「はい」
でももう終わったし、もうそろそろココア飲みながら寝る支度を、
「お前も座れ」
「えっ、でも」
「今は勤務時間外なんだろ」
その優秀な頭を私なんかのために捻るのはたいそう無駄である。捻るまでもないことだという意見は却下。
「じゃあ……失礼します」
船長さんの真正面に座る。これこそ、慣れないの極み。恥ずかしくなってココアに口をつけたけれど、口まわりが茶色くなるという不安に襲われて消えたくなった。なんでココアにしたんだ、私。
「船長さんは調べものですか」
「そうだ」
船長さんが部屋にこもっている時は大抵が古い文献を紐解いているときだ。何を調べているのかは、──ラフテル、ワンピース、ドフラミンゴ、オペオペの実、Dの意志とか──まあ、色々考えられるけれど、それを私が知っていても得することは何もないだろう。(何度も言うが私はバラバラになっても繋げてくれる人がいないのだ。)
「これ良かったら入れてください」
ココアに入れようと思っていたミルクを差し出せば、にべもなく要らんと言われた。知ってた。
「こんな時間にコーヒー飲んだら身体に良くないですよ」
「元々眠りは浅い」
「屁理屈はナシです」
さあどうぞ、とグイグイ押せば船長さんは大きくため息をついて、やや乱暴にそれを自分のコーヒーにぶち込んだ。
「お前が俺の体を気遣ってなんの得がある」
うん、まあそれは私の命の保証と直結しているので割と死活問題ではあるのだ。でも、それより、これはもっとずっと根本的な問題と言って差し支えない。
「最近気がついたんですけど、私って結構情が移りやすいみたいなんです」
ちょろい女でごめんね。でも私は私、嫌いじゃないんだ。