長い足だなあと思いながら、着いて行くと、いつの間にか目の前に海賊船が見えた。それはもちろん十分大きいんだけど、今まで見てきたものに比べれば比較的小さめな船で、マストの先にはあの少々気味の悪いジョリーロジャーが揺れている。

潜水艦じゃあないんだ。船を見つけて足を止めた私を、ローは訝しげに振り返る。

「どうした」
「あっ、……なんでも、ないです」

ハートの海賊団にも潜水艦じゃない時代があったのだと思っただけです。嘘です、そんなこと言えません。ステップをすたこらと上っていく彼を追う、乗ってみるとやっぱり中々大きいのだ。

「あれぇ、キャプテンどうしたんスカ?」

ひょっこりと現れたのは、大きめの帽子を被った男の人(PENGUIN……ああ、彼がペンギン!!)。

「新しいコックだ」

ドンとローに背中を押され、私はペンギンさんの前に突き出された。なんとなく、この人は女の子の扱いが雑だ。私を女と認識しているかは別として。

「よ、よろしくお願いします」

本当はあんまりよろしくしたくないんだけどね。女に二言はないから仕方ない腹括ります。

「えっ、大丈夫なんすか」
「心配いらねぇ」
「いります」
「あ?」
「いやなんでも」
「紹介はあとだ」

ぽかんとするペンギンさんに別れを告げる間もないまま、私は船内へと案内される。狭めの空き部屋を私にくれるらしい。ベッドには若干埃が積もっているけれど、掃除すればいいってことで特に文句はない。むしろ想像よりも好待遇。

「荷物置いたら、次だ」
「は、はいっ」

本当にポンと置いてベッドの埃を立てるくらいの荷物しか私にはない。無一文だし。

次に案内されたのは、キッチン。流石に海賊船ともあって中々立派な食堂である。ものすごく汚いけど。

「お前の仕事場だ」
「……今まで、こちらを使ってらした方は?」
「この船にコックはいねぇ、飯は交代でやってた」
「な、なるほど」

だからこんなにひっちゃかめっちゃかなのね。

「飯出来たら声掛けろ、他の奴らは勝手に来るから気にしなくていい」
「了解です」

コクコク頷けばローさんは鬼哭携え食堂を出ていった。ローさん? キャプテン? 船長さん、うん、これだな。ローさんって馴れ馴れしい感じがする。あの人はそういうの嫌いそうだ。よし、ひとまずこの汚いキッチン綺麗にしなきゃ。



「お腹空いたあああああ」

(ビクッ)ドバン!とものすごい音を立てて開いたドアからものすごい勢いのシロクマが飛び出して来た。ベポだ。思わず、本物だ……と私が呟いたことは言うに及ばず。ベポさんに続く形で、シャチさんとペンギンさんその他、船員の人たちが姿を現した。人数は10人くらいか。そうか、この頃はまだこれくらいだったんだなあ。私が腕組みして感慨に耽っていると、ベポさんは私の顔を指さし、「キミが新入り!」なんだか嬉しそう。

「今日からこちらでお世話になることになりました、名前です」

ペコりと頭を下げる。ぱちぱちと乾いた拍手が送られる。思ったよりも邪険にされないんだな。見たところ、女の船員はいないというのに。

「あー飯作ってくれるんだっけ?」
「はい、食事は今後私が担当します」

私がそう言った途端、全員が天井に向かってガッツポーズを繰り出した。余程、調理当番が嫌だったらしい。
「おお、キッチン綺麗になってる……」
「美味そうなにおいが……」
「腹減ったぁ……」
「材料があんまりなくて、今晩はカレーです」
私の言葉に、ハートの海賊団一同、再度大きくガッツポーズをした。

言われた通り船長さんを呼びに行き、全員が座ったところで食事は始まった。テーブルに並んだサラダにみなさんが感動していた時は驚いた。何と、この船でサラダなるものが出たのは初めてのことらしい。非常にバランスが悪くて心配になる。モリモリ食べてくださいと言うと、本当にモリモリ食べられて、ありったけの材料で作ったカレーがみるみる減っていく。こんなことはもう随分久しぶりで、少しだけ嬉しい。小さく笑うと、目の前にずいっと皿が差し出された。ペンギンさんだ。

名前って戦えんの?」

どっさりとカレーをよそって返す。首を振りながら、もちろん戦えませんと告白すれば、やっぱりと笑われた。それはそれで悲しいけれど、本当に戦えないから仕方なし。「そいつはただのコックだ」海賊でもない、仲間でもない、私は契約関係の上に成り立つ形式的な乗船員だ。船長さんの言葉に、ペンギンさんは大して興味もないらしく、ふぅんと一言残し、自分の席に戻っていく。船長さんとの契約でも、私はこの船のために戦う必要がないことは約束されている。最低限の身の安全も保証してくれるそうだ。じゃないとすぐに死んじゃうしね。

隅から隅まで契約書に目を通し、しっかりハンコを押したので、残念ながら私はしばらくこの船で厄介になることが決まった。もう逃げも隠れもしないけど、ガッツリ本編には巻き込まれないことをひたすら祈る。ふう、とため息をつくとベポさんが鼻の頭にカレーをつけたまま、お皿を差し出してきた。とても可愛いけど、おっちょこちょいが過ぎる気もする。(あら、)そんなこと言ってたら、カレーが底をついた。