子どもたちに手を振って、その笑顔になんだか元気をもらい、さあたくさん働こうかと決意した。そのとき、耳に届いたハスキーボイスは初めて聞くとは思えないような、懐かしい感覚がする。「おもしれぇじゃねぇか」ハッと振り返った先には、口元までパーカーで隠した黒髪短髪の長身の男。その黒のパーカーの胸元、ハートが見えるのは見間違いだ幻だ。
「──何者だ?」
壁から背を離し、私と対峙した男はニヤリと歪めた顔を私に見せた。紛うことなきイケメンである。
「ト、ッ……」(トラファルガー・ローとは)
ぎゅっと唇を結んだ、私に彼は不機嫌面を晒して威嚇する。鬼哭を手にしていない、白の帽子も被ってない、ラフな格好だけ見れば街のチャラいお兄さんに見えないこともない。
「なんのことですか」
シラを切り通せばいけるだろうか。いけなくては困る。バラバラになったとして、私にはくっつけてくれる人がいないのだ。ローは私の全身をじっくり観察し、目敏く膝の傷に気付いたようだった。
「何の能力者だ、」
彼の空間に囚われたらお終い。シラを切り通す弁論術はまだ身につけてない。今後に期待。ということで、この場は即時退散が吉と見た。
「あっ!海軍さーん!ここに海賊があ!」
とにかく先ほどの女の子ばりに大きな声を出すと、ローも流石に驚いたのか路地の後ろを振り返る。その隙に脱兎のごとく逃げ出した私は、ひとまず路地に入り、姿を消した。後ろから盛大な舌打ちが聞こえたような気がしないでもないが、彼も暇ではないらしく、しつこく追ってくることはしなかった。セーフ。ああ、トラファルガー・ロー格好良かった。
・・
・
その夜は宿で、風呂と廊下の掃除、夕飯の支度を手伝った。おじいさんは私の手際を認めてくれて、もうしばらくここで働かないかと誘ってくれたが、この町には長く居たくないのが本音だ。丁重に断わった。今朝の朝食作りを任されて、それさえこなせば宿代は半分まけてくれると言った。義理人情は人の世の常。手薄なセキュリティに目を瞑れば、何とも良い出会いだった。
おじいさん手作りだというパン、それと私が焼きまくった目玉焼きに、シーザーサラダと味噌汁は和洋のバランスが悪いながら他のお客さんに好評だった。安心。あと1人残ったお客さんのために、味噌汁を温め直す。ワンピースの世界でも味噌ってあるんだね。もうそろそろ目玉焼きを作りたいのだけど、起きてくるだろうか。私もなるべく早く港で船を探したい。
ちょうどドアの開く音がした。コツコツと階段を降りてくる足音。キッチンを私に任せ、フロントに戻ったおじいさんと何か会話しているみたい。よし、作ろう。腕まくりをして、フライパンを火にかける。油は少々。水とフタはフライパンの近くに置いておかないと。たまごを角にぶつけて、グチャっと小さく音を立てたあと、気配がして、やっと来たなと顔を上げた。パチンとぶつかった視線、背中に瞬間的に冷や汗が伝った。ヒィと小さく盛れた悲鳴は彼に聞こえていないといいな。袋のネズミ、こんな逃げ場のないキッチンで出会うなんて、私は厄年か何かか。
「また会ったな?」
オーマイゴッド!