サンゴルドーは人が多い島で、山をひとつ超えた街には王様が住んでいるらしい。そこは貴族やら海軍の蔓延る嫌な街だそうで、何となくルフィくんたちと出会った島を思い出す。私の住むところは自然もそこそこにありつつ栄えている活気のいい町だ。次の島へ行くまでの数週間をここで過ごすと決めて、宿を取り、今は買い物をし終わったところ。可愛いお洋服は目を引くけれど、荷物が増えても邪魔だから結局日用品しか買えない。前世の貧乏性が治ってないなんて。

そして、今日この日は私の人生において最も不幸な日だと言えるかもしれない。宿へ帰ってくると、笑顔の素敵なおじいさんが迎えてくれて、鍵を受け取って部屋へ戻った。すると窓には綺麗な丸型に穴が空いていて、半開きになった窓からぴゅうぴゅう風が吹きすさんでいる。

「…………」

ベッド下に入れておいたお金は金庫まるごとどこかに消えていて、金目のものを探したのか、カバンの中身は部屋の床に散乱している。夢かと思って目をゴシゴシしても変わらない。一旦パチリと頬を叩いてみても、悪夢が覚めそうにないのは、どういうこった。

「こ、これは……」

もしかして。いやもしかしなくても。

「泥棒にやられたか」

ふむ。と神様は長いあごひげを撫でた。どうでもいい時にのみ姿を現す役立たずとは正しくこの神のことである。

「うっそだあ」
「現実を見ろ馬鹿者」

どうしてこんな一見お金なんて持ってなさそうな私が泥棒に入られなくてはいけないんだろう。どうして前世を通算しても初めて泥棒に入られたと言うのに私は神様に罵倒されているんだろう。何もかも解せぬ。

「私のお金は取られちゃったんですか」
「そうじゃな」
「私はこれからどうすれば?」
「知らん」
(悪魔か)

こんな憐れな善良市民を前にした態度がそれかい。泥棒なんてするやつに天罰でも落としてくれやしないんですか。無益だの、疲れるだの、ああそうですか、薄情者!

「どうしよう……」

あの金庫に入れておいたのは私の全財産で、残るは財布に入ってる僅かなベリーだけ。これじゃあまともな暮らしなんて出来やしない。——先ず、宿のおじいさんに相談しても、安全管理は自己責任と言われてしまえばぐうの音も出ない。保険が効かないのはこの世界の悪いところだ。日本というぬるま湯に慣れ切って油断していた私が悪いんだけども。

「手持ちのお金はこれだけで、あとは働いてお返しするのであと一晩だけ泊めて頂けませんか」

私の必死の懇願におじいさんはやっぱり優しい笑顔でもちろんさと頷いてくれた。良い人なので責めきれない。もっとセキュリティはしっかりした方が良いですよ。ああ、現実逃避はこの辺にしておこうか。

:::

あれはお母さんが私のために残してくれていたお金だった。

ひっそり慎ましく生きていけば2~3年分にはなるだろうと思われたお金は、大切に使おうと、働きながらここまで来た。まだ1/3以上は残ってたのだ。無くなってしまったものをぐちぐち悩んでも仕方ないけど遣る瀬無い。悲しみに暮れながら、私は今、海軍を目指している。お金が見つかる可能性はほとんどないが、念の為、届け出をしておけとは宿のおじいさんのご助言だった。

港から離れて更に奥、山の麓に駐在所のひとつがあった。ポツンとたつそれは寂しげで、どう見たって山の向こうから落ちこぼれが派遣されているようにしか見えない佇まい。あの、と声をかければ如何にもやる気のなさそうなオッサンがヌッと出てきて、用件を聞かれた。お金を取られた場所、大体の時間、金額、金庫の外見、本当に大切なお金であること。何とかならないか、という言葉と共にぶつけてみても汚い字で書面をとるだけでオッサンは慌てた顔ひとつしなかった。日本に帰りたいと思ったのは数十年ぶりだ。

「……まあ、見つけるのは難しいだろうねぇ」
「そうですよね」



とぼとぼと足取りは重たい。それでも、早く戻って宿の手伝いをしないと。手持ちのお金はちょうど1泊分足らないのだ。むしろ、今日までの費用が払えるだけマシと思うか(無理)今日はもう港の船も出てしまっているから、明日から無一文で次の船探しになる。この危ない島から早く抜けて、何とか人の良さそうな街へ行って、そこでお金を作ろう。そんなに上手くいくかな、いかないよなあ。人生だもん。

ハァとまたひとつため息を吐いた時、耳を劈くような泣き声が聞こえてひっくり返りそうになった。(何事、)「いだあああい”」ぎゃあぎゃあと泣きわめくその子は、どうやらお友だちと走っていて派手に転んだようだ。真ん中で泣く少女の周りに、男の子がふたり困った顔でオロオロしている。あらあら。

「大丈夫?」
「こいつ、ズザザッって転んで、」
「血がたくさん、っ」

男の子はなにやら必死に訴えてくれるもんだから、本当はカットバンのひとつでどうにかしようと思ったけど気が変わった。

「お嬢ちゃん、傷見せてごらん」

グズッと泣きながら女の子は足を前にして膝を見せてくれる。うむ、たしかに派手に転んだなあ。

「よし、痛いの痛いのとんでけー」

左手を翳して、軽く傷に手を当てるとすぐにその傷は吹っ飛んだ。私のひざに。

「い、いたくない、!」
「すっげぇ!」
「何したの! 今!」

興奮気味の子どもたちは微笑ましい。膝は痛いけど、私はもう泣きわめくような歳でもないのだ。

「ひみつ。誰にも言っちゃダメだよ」

シーっと人差し指を口元に当てると、子どもたちは満面の笑みでぶんぶん頷いた。純真無垢って偉大だ。膝が痛む